介護タクシーや民間救急の現場では、酸素療法を受けながら移動される利用者様を搬送することがあります。
その際、事業者からよく聞かれるのが、
「介護タクシーで酸素ボンベを載せてもよいのか」
「酸素ボンベを交換してもよいのか」
「患者等搬送乗務員適任証を持っていれば酸素を扱えるのか」
「自社で酸素ボンベを準備する場合、何か手続きが必要なのか」
といった疑問です。
酸素について考えるときには、大きく分けて、
①患者様に対する酸素療法・医療上の判断
②高圧ガス容器である酸素ボンベの取扱い・保管・管理
③医療用酸素販売業者との取引・供給体制
の3つを分けて考える必要があります。
今回は、介護タクシー事業者が医療用酸素を使用する搬送を行う場合に、どのような体制と書面を準備しておくべきか、私の経験も踏まえて整理します。
医療用酸素は「医薬品」であり「高圧ガス」でもある
まず理解しておきたいのは、医療用酸素は単なる空気ではないということです。
PMDAでは「日本薬局方 酸素」が医療用医薬品として掲載されています。
さらに、ボンベに高圧で充填された酸素は、高圧ガス保安法による安全管理の対象にもなります。
したがって、
患者様に何L/分の酸素を投与するのかという医療上の問題
と、
酸素ボンベをどう運び、固定し、保管・管理するのかという高圧ガスの問題
は分けて考えなければなりません。
ここを一緒にしてしまうと、
「ボンベを運べるのだから酸素流量も変更できる」
といった誤った理解につながります。
酸素ボンベを介護タクシーに載せること自体は禁止されていない
酸素療法を受けている患者様が、酸素ボンベを携行しながら通院・退院・転院することは珍しくありません。
したがって、
「介護タクシーだから酸素ボンベを積載してはいけない」
ということではありません。
ただし、酸素ボンベは高圧ガス容器です。
高圧ガス保安協会は、容器について40℃以下に保つこと、転倒等を防止すること、粗暴に取り扱わないことなどの安全管理を示しています。また、酸素などの容器を置く場所の周囲では火気への注意も必要です。
介護タクシーでも、
- ボンベを確実に固定する
- 車内で転がらないようにする
- バルブを損傷しない
- 高温になる場所へ放置しない
- 火気を近づけない
といった基本的な管理が必要です。
単にストレッチャーの横へ置いたり、座席の足元に転がしたりするような運用は避けるべきです。
一番注意したいのは「酸素を操作すること」
酸素ボンベを安全に運搬することと、
患者様の状態を見て酸素の投与量を判断すること
は別の問題です。
例えば、
「SpO2が下がってきたので2Lから3Lへ上げよう」
「苦しそうだから少し酸素を増やそう」
と搬送スタッフが自分の判断で流量を変更するような運用は避ける必要があります。
介護タクシー事業者として重要なのは、
誰の指示によって、何L/分の酸素を使用しているのかを搬送前に確認すること
です。
搬送スタッフが医療判断をするのではなく、医師等から示されている内容に基づいて搬送する体制を作ります。
「ボンベ交換」と「酸素流量の判断」は分けて考える
現場で特に曖昧になりやすいのが、酸素ボンベの交換です。
長距離搬送などでは、搬送途中で使用中のボンベが少なくなり、予備ボンベへの交換が必要になる場合があります。
しかし、
決められた手順でボンベを交換すること
と、
患者様の状態を見ながら酸素流量を決めること
は同じではありません。
そのため事前に、
- 医師等から指示されている流量
- 使用する機器
- ボンベ残量
- 予備ボンベ
- 交換の可能性
- 誰が交換するのか
- 状態変化時に誰へ連絡するのか
を決めておきます。
特に医療依存度が高い患者様の場合には、搬送スタッフだけで対応しようとせず、看護師等の医療従事者の同行を検討する必要があります。
酸素販売業者との取引開始では「使用体制」を説明できるようにする
介護タクシー事業者が自社で医療用酸素を用意しようとする場合、
「酸素ボンベを購入したい」
と販売業者へ申し込めば、それだけで終わるとは限りません。
医療用酸素をどのような目的で使用するのか、どのような管理体制になっているのかについて確認を受ける場合があります。
高圧ガスの販売事業者には、販売先の保安状況を記録する保安台帳を備えたり、容器による販売について容器の記号・番号や販売先等を帳簿へ記録したりする安全管理上の義務があります。
そのため介護タクシー事業者側も、
「誰が、何の目的で、どのように使用・管理するのか」
を説明できるようにしておくことが大切です。
酸素販売業者から求められる可能性のある書面
販売業者や契約内容によって必要書類は異なりますが、介護タクシー・民間救急として医療用酸素を導入する場合、私は次のような書類を準備しておくとよいと考えています。
- 会社・事業所概要
- 運送事業の許可関係書類
- 酸素使用時の社内運用規程
- 酸素ボンベの管理方法を定めた書面
- スタッフへの取扱研修記録
- 緊急時対応手順
- 酸素使用確認書
- 看護師等を手配できる医療連携体制を示す書面
- 訪問看護ステーション等との業務提携書・協力確認書
ここで注意が必要です。
訪問看護ステーションとの業務提携書が、法律によって全国一律に酸素購入の必須書類と定められているわけではありません。
実際に必要となる書類は、酸素販売業者の契約基準や安全管理方針によって異なります。
したがって取引を開始するときには、
「介護タクシー・民間患者搬送で使用する医療用酸素です」
と使用目的を正確に説明した上で、販売業者から必要書類を確認してください。
看護師など医療従事者を手配できる体制を作る
酸素を使用している患者様すべてに看護師の同乗が必要というわけではありません。
しかし、
- 搬送中の状態変化が予想される
- 酸素流量変更が必要となる可能性がある
- 吸引などの医療的ケアが必要
- 人工呼吸器などの医療機器を使用している
- 医療機関から医療従事者の同行を求められている
といった場合には、看護師等の同行を検討する必要があります。
介護タクシー事業者が看護師を常時雇用していなくても、
訪問看護ステーションや看護師派遣・プライベートナース事業者などと連携する
という方法があります。
例えば業務提携書や協力確認書の中に、
「利用者の状態、医師等の指示その他搬送条件に応じ、必要な場合には搬送時の看護師等の同行について相互に調整する」
といった連携内容を定めておけば、医療機関や酸素販売業者に対して医療連携体制を説明しやすくなります。
重要なのは、
酸素を持っていることではなく、医療的な対応が必要になった場合に誰へつなぐのかまで決めておくこと
です。
患者等搬送乗務員適任証は「酸素を扱う資格」ではない
ここは介護タクシー事業者が特に間違えやすいところです。
消防機関では、緊急性のない患者様等を搬送する民間事業者について、一定の基準を満たした事業者を「患者等搬送事業者」として認定する制度があります。
消防庁も、各消防本部が患者等搬送事業指導基準等を参考に認定基準を定め、その基準を満たした事業者を患者等搬送事業者として認定すると説明しています。
横浜市の場合も、患者等搬送事業の認定申請時には、各乗務員の「患者等搬送乗務員適任証」の写しを提出する仕組みになっています。適任証には有効期間もあります。
ただし、
患者等搬送乗務員適任証は、医療用酸素を取り扱うための国家資格や免許ではありません。
また、
消防局から患者等搬送事業者として認定されていること自体が、酸素流量を医療判断によって変更できる資格を与えるものでもありません。
患者等搬送事業者認定は、緊急性のない患者等を安全に搬送する事業者について、消防機関が一定の基準に基づいて認定する制度です。
したがって、
「消防局認定の民間救急だから酸素を自由に扱える」
とは考えない方がよいでしょう。
患者等搬送事業者認定と、
- 医療用酸素
- 高圧ガス容器管理
- 医師等からの酸素指示
- 医療行為
- 酸素販売業者との契約
は、それぞれ分けて整理する必要があります。
酸素搬送では「酸素使用確認書」を作る
私は、酸素を使用する搬送では通常の搬送より確認事項を増やし、できる限り書面に残すことをおすすめします。
例えば、
- 利用者氏名
- 搬送区間
- 医療機関・担当者
- 酸素指示の確認元
- 誰から指示内容を聞いたのか
- 酸素流量
- 安静時・移動時の流量
- 投与方法
- 使用するボンベ
- 出発時残圧
- 予備ボンベ
- 搬送予定時間
- ボンベ交換の可能性
- 医療従事者の同乗
- 医療連携先
- 緊急時の連絡方法
- 出発前のボンベ固定確認
などです。
そして書面には、
「搬送スタッフは自己判断によって酸素流量を変更しない」
という基本方針を入れておくとよいでしょう。
口頭だけの依頼では、
「病院から2Lと言われました」
「ご家族から増やしてほしいと言われました」
と情報の出所が曖昧になることがあります。
誰から、いつ、どのような情報を受けたのかまで残しておくことが大切です。
酸素ボンベは一本ずつ管理する
自社で酸素ボンベを保管したり、酸素販売業者から継続的に貸与を受けたりする場合は、ボンベを単なる備品として扱わない方がよいでしょう。
酸素販売業者側も、容器による高圧ガス販売では容器の記号・番号や販売先などを帳簿で管理します。
介護タクシー事業者側でも、私は酸素ボンベ管理簿を作成して一本ずつ管理することをおすすめします。
例えば、
- 自社管理番号
- 容器記号・番号
- 所有区分
- 所有者・貸与元
- ガス種
- 容器内容積
- 受入日
- 充填・交換日
- 返却予定日
- 返却日
- 現在残圧
- 保管場所
- 搭載車両
- 外観点検
- バルブ点検
- 固定状態
- 火気周辺確認
- 点検日
- 点検者
- 使用案件
などを記録します。
これによって、
「このボンベは誰のものか」
「どこにあるのか」
「いつ入ってきたのか」
「返却し忘れていないか」
「最後に誰が点検したのか」
を追跡できます。
なお、具体的な管理項目や保存方法について酸素販売業者から指定がある場合は、その契約条件や指示に従ってください。
スタッフ研修も「実施記録」まで残す
酸素ボンベを取り扱うスタッフには、事前研修を行うことも重要です。
例えば、
- 酸素の基本的な性質
- 高圧ガス容器としての注意事項
- 火気の禁止
- 車内での固定方法
- 残量の確認方法
- バルブの基本的な取扱い
- ボンベ交換手順
- 使用機器の確認方法
- 異常時の対応
- 搬送スタッフが自己判断で流量を変更しないこと
などを教育します。
さらに、
「説明しました」で終わらせず、研修日・研修内容・受講者を記録する
ところまでを社内ルールにしておくとよいでしょう。
酸素対応を始める前のチェックリスト
事業者として酸素対応を始めるのであれば、最低限、次の項目を確認しておきたいところです。
□ 酸素販売業者へ介護タクシーで使用することを説明した
□ 販売業者から必要書類・契約条件を確認した
□ 医療連携先を決めた
□ 必要時に看護師等を手配できる体制を確認した
□ 酸素使用確認書を作成した
□ 酸素ボンベ管理簿を作成した
□ 保管場所を決めた
□ 車両内の固定方法を決めた
□ スタッフへの取扱研修を行った
□ 緊急時の対応方法を決めた
□ 搬送スタッフが自己判断で流量変更しないことを周知した
これらを会社として仕組みにしておくことが重要です。
まとめ|「酸素ボンベを持つこと」より「体制を作ること」が重要
介護タクシーで酸素対応を始めると、
「酸素を扱う資格は何ですか」
という話になりがちです。
しかし、実務ではそれだけを考えても十分ではありません。
重要なのは、
誰の指示で酸素を使用するのか
誰がボンベを管理するのか
誰が交換するのか
患者様の状態が変わったとき誰が判断するのか
医療対応が必要なら誰に依頼するのか
その内容をどのように記録するのか
まで決めておくことです。
また、患者等搬送乗務員適任証や消防機関の患者等搬送事業者認定は非常に大切な制度ですが、それと医療用酸素の取扱いを同じ制度として考えないことも重要です。
酸素販売業者、医療機関、訪問看護ステーションなどと連携し、
「善意や経験だけで対応する」のではなく、「決められた体制と手順で対応する」
ことが、利用者様を守り、乗務員を守り、最終的には事業者自身を守ることにつながると私は考えています。
実務で使える書式を用意しました
今回の記事に合わせて、介護タクシー事業者向けに、
酸素使用確認書 酸素ボンベ管理簿を作成しました。
酸素使用確認書は、医師等からの指示内容、酸素流量、残量、予備ボンベ、医療従事者の同乗、緊急時対応などをA4一枚で確認できる書式です。
酸素ボンベ管理簿は、容器番号、貸与元、受入日、残圧、保管場所、搭載車両、点検状況などを一本ずつ管理できるようにしています。
自社の運用や酸素販売業者との契約条件に合わせて修正してご利用ください。
※本記事は、介護タクシー・患者等搬送事業者向けに、公開されている法令・行政機関等の情報をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の医療行為の可否や法的判断を行うものではありません。実際に医療用酸素を導入する際は、酸素販売業者、医療機関、管轄行政機関等へ確認してください。

