「家に帰りたい」と患者さんは言っている。でも、ご家族は「自宅ではもう難しい」と話している。医師からは医学的には退院できる状態だと言われ、受け入れ先を探しても条件が合わない。
退院支援の現場では、こんなふうに誰かが間違っているわけではないのに、それぞれの希望や事情がかみ合わないことがあるのではないでしょうか。
患者さんには患者さんの人生があり、ご家族にも生活があります。医師や看護師には医療者としての判断があり、施設には受け入れられる条件があります。その間に立って一人ひとりの話を聞き、情報を集め、選択肢を探し、関係する人たちをつないでいく。
私は介護タクシーという病院の外側にいる人間ですが、20年以上、退院や転院に関わってきて、MSWの仕事は外から見ている以上に難しい仕事なのだろうと感じるようになりました。
私たちが関わるのは、長い退院支援の最後のほんの一部分です。「○月○日、○時に病院へお願いします」という依頼を受け、病棟へ患者さんを迎えに行き、ご自宅や施設へお送りします。
私たちに見えているのはその部分ですが、その一件の搬送が決まるまでには、患者さんやご家族との話し合いがあり、医師や看護師との調整があり、ケアマネジャーや施設、訪問看護などへの連絡があり、何度も予定が変わったケースもあるのだと思います。
だから、私たちが病院へ迎えに行く頃には、MSWの仕事の大部分はすでに終わっているのかもしれません。
ただ、私たちにはその代わりに見えるものがあります。
それが、病院を出たあとの景色です。
病院の玄関を出ると、そこから「生活」が始まる
病院では問題なく車いすに座れていた方でも、自宅へ到着してみると玄関までに階段があることがあります。病院ではベッドから車いすへ移乗できていても、自宅では介助できる人がいないこともあります。
「ご家族がいらっしゃいます」と聞いていたものの、実際にはそのご家族も高齢で、身体介助までは難しいということもあります。
マンションだから大丈夫だと思っていたら、エレベーターが小さく、リクライニング車いすではそのまま入れない。玄関までは入れたけれど、その先の廊下が狭い。ベッドまでどうやって移動するのか、その場でみんなで考える。
こうしたことは、決して誰かの確認不足を指摘したいわけではありません。
病院の中からすべてを把握することは難しいですし、私たち搬送事業者も現地へ行って初めて分かることがあります。
むしろ20年以上この仕事をしてきて感じるのは、退院とは、本当にたくさんの人が少しずつ力を持ち寄って成立しているものなのだということです。
そして病院では「退院できる状態」になっていても、病院の玄関を出た瞬間、その人にとっては医療ではなく再び「生活」が始まります。
私はそこに、退院支援の難しさと、MSWという仕事の大切さがあるように思います。
「家に帰りたい」という一言の奥にあるもの
患者さんが「家に帰りたい」と言ったとき、その言葉をどこまで受け止めるのかも難しいことなのだと思います。
本当に自宅でこれまで通り生活したいという意味なのかもしれませんし、住み慣れた場所をもう一度見たいのかもしれません。家族と一緒に過ごしたいのかもしれないし、施設へ行くことへの不安を「家に帰りたい」という言葉で表しているのかもしれません。
同じ言葉でも、その奥にある思いは一人ひとり違います。
一方で、ご家族にはご家族の事情があります。
本人の希望をかなえてあげたい。でも仕事がある。夜間の介護は難しい。自分自身も高齢になっている。何かあったときに対応できるのか不安がある。
本人の希望を大切にすれば家族の負担が大きくなり、家族の生活を守ろうとすれば本人の希望とは違う選択になることもある。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているという話ではありません。
その間に立つMSWは、とても難しい立場なのだと思います。
2026年3月に全面改正された厚生労働省の「医療ソーシャルワーカー業務指針」でも、「意思決定支援」がMSWの業務として明確に位置づけられました。
私はこの「意思決定支援」という言葉を見たとき、MSWは「退院先を決める人」ではないのだと改めて感じました。
本人の代わりに答えを出すのではなく、その人が何を大切にしているのかを一緒に整理し、必要な情報や選択肢につなぎ、その人自身が自分の人生について考えられるよう支えていく。
言葉にすると簡単ですが、実際の現場では簡単なことではないはずです。
時間にも限りがあります。制度にも限界があります。受け入れ先が見つからないこともあれば、本人と家族の意見が最後まで一致しないこともあるでしょう。
それでも、その間に立って考え続ける人がいる。
そこにMSWという専門職の価値があるのではないでしょうか。
退院当日ではなく「その日の夜」まで考えてみる
私たち搬送事業者の立場から退院支援に一つ視点を加えるとしたら、「退院後24時間」を想像することなのかもしれません。
病院を出て、介護タクシーに乗り、自宅へ到着する。玄関を入り、ベッドまで移動する。
私たちの仕事は、多くの場合そこで終わります。
でも、その方の生活はそこから続いていきます。
その日の夕食はどうするのだろう。薬は誰が管理するのだろう。トイレへ行くときはどうするのだろう。夜中に目が覚めたら一人で動けるのだろうか。翌朝、ベッドから起きられるだろうか。そして次の通院の日には、誰が病院まで連れていくのだろう。
こうして考えてみると、退院とは単に病院から自宅へ移動することではなく、医療から生活へバトンを渡すことなのだと感じます。
もちろん、これをすべてMSW一人が考え、解決する必要はありません。
むしろ、一人で抱えないために地域にはさまざまな専門職がいるのだと思います。
ケアマネジャーがいて、訪問看護師がいて、訪問診療があり、福祉用具の専門職がいる。私たちのような介護タクシーや民間救急もあり、階段介助が必要なら、それを手伝える人たちもいます。
一人の専門職がすべてをできる必要はありません。
「このケースなら、あの人に相談してみよう」
そう思える相手が地域に一人増えるだけでも、患者さんへ提示できる選択肢は一つ増えるかもしれません。
私は、人脈というのは単なる名刺の枚数ではなく、患者さんの選択肢を増やすための社会資源にもなり得るのではないかと思っています。
私たちも、MSWの仕事をもっと知りたい
ISNでは、MSWの皆さんに介護タクシーのことを知ってもらうだけではなく、私たち自身もMSWの仕事をもっと知りたいと思っています。
介護タクシーから見えている退院支援は、全体のほんの一部分だからです。
私たちには、病院を出たあとの景色が見えます。一方でMSWには、患者さんが病院を出るまでの長い過程が見えているはずです。ケアマネジャーには在宅生活から見える景色があり、看護師には医療から見える景色があります。
それぞれ違う場所にいるからこそ、見えているものも違います。
その違いを「知らない」で終わらせるのではなく、少しずつ共有できる関係になれば、もっとできることがあるのではないでしょうか。
私は20年以上、退院や転院の搬送に関わってきましたが、今でも「こういう方法もあったのか」と教えてもらうことがあります。
だからISNも、「私たちはこうすべきだと知っています」と発信する場所にはしたくありません。
「皆さんの現場ではどうしていますか?」と聞ける場所にしたい。
そして、MSW、ケアマネジャー、看護師、介護職、介護タクシーなど、違う立場の人が持っている経験を少しずつ持ち寄れる場所になればと思っています。
予定通り退院できた。転院先が決まった。介護タクシーも手配できた。
それももちろん大切なことです。
でも、その先で患者さんが生活を続けている姿を見ていると、ときどき思います。
良い退院支援とは、「無事に病院を出られたこと」だけではなく、その人が退院したあとに、「この選択でよかった」と思える生活につながったかどうかなのかもしれません。
現実には、すべてを理想通りにすることはできないでしょう。
時間も人員も制度も限られていますし、答えが見つからないケースもあると思います。
それでも「この人は本当はどうしたいのだろう」と考え、その思いと現実の間をつなごうとする人がいる。
介護タクシーとして多くの退院に立ち会ってきた私には、その役割を担っているMSWという仕事は、とても大切な仕事に見えています。
そして最後に、私たちのほうからMSWの皆さんに聞いてみたいことがあります。
皆さんが退院支援をしていて、「これは本当に難しい」と感じるのはどんなときでしょうか。
本人とご家族の意見が違うときなのか。退院先がなかなか見つからないときなのか。社会資源が足りないときなのか。それとも、私たち病院の外にいる人間にはまだ見えていない、別の難しさがあるのかもしれません。
ぜひ、現場の声を聞かせてください。
その声を知ることから、職種を越えたつながりが始まるのではないかと思っています。

