「転院先の病院まで、車で10分くらいです」
そう聞けば、ご家族としては、それほど時間も料金もかからないだろうと思うかもしれません。
実際に転院が終わったあと、
「10分くらいしか車に乗っていないのに、どうしてこの料金になるの?」
そんな疑問を持つ方もいらっしゃると思います。
確かに、地図で見れば病院から病院まで10分。
しかし、実際の転院を最初から最後まで見てみると、車が走っている10分は、搬送全体のほんの一部分であることが分かります。
たとえば、退院元の病院で約30分、実際の走行が10分、転院先の病院で30分以上。
これだけでも、一人の患者さんの転院に70分以上かかることがあります。
では、その時間に何が行われているのでしょうか。
病院に迎えに行っても、すぐには出発できない
介護タクシーや民間救急が退院元の病院に到着しても、患者さんをすぐに車へ乗せて出発できるとは限りません。
病室では患者さんの着替えや荷物の確認、車いすやストレッチャーへの移乗、薬や退院時の書類など、さまざまな準備があります。
さらに、退院時には会計があります。
ここで知っておいていただきたいのが、病棟で退院準備をしているスタッフと、会計を担当している部署は別に動いているということです。
そのため、
「患者さんの準備はできていますが、会計がまだ終わっていません」
ということもあります。
反対に会計が終わっていても、出発できないことがあります。
転院では、最後に担当の看護師さんから転院先へ持っていく書類などを受け取ることがあります。
ところが、
「先生から必要な書類がまだ病棟に届いていません」
ということもあります。
医師、看護師、薬剤部、会計など、それぞれ違う人や部署が動いているためです。
誰かが仕事をしていないから時間がかかっている、という単純な話ではありません。
それぞれが担当する準備がそろって、初めて患者さんは病院を出発できます。
こうした一連の流れで、退院元の病院だけでも30分程度かかることがあります。
車で走っている時間は、たった10分
すべての準備が整ったら、患者さんを車両へご案内して転院先へ向かいます。
ここで初めて、一般的にイメージされる「移動」が始まります。
たとえば、転院先まで10分だったとします。
ご家族から最も見えやすいのは、この10分です。
スマートフォンの地図で調べても「車で10分」と表示されるため、「10分の距離なら、それほど時間も料金もかからないだろう」と考えるのは自然なことだと思います。
ところが、転院の場合は目的地に到着したら終わりではありません。
ここから、もう一つの時間が始まります。
転院先に到着してから30分以上かかることも
転院先の病院へ到着すると、そのまま病室へ案内されると思われるかもしれません。
しかし、実際の受け入れ方法は病院によって異なります。
まず入院受付へ行き、手続きが終わるまで患者さんと一緒に待つ病院もあります。
また、転院すること自体は決まっていても、到着した時点で入院する病棟や病室がまだ決まっていないこともあります。
受け入れ準備が整うまで待ち、病棟へ移動し、患者さんをベッドへ移乗する。
ここまで行うと、転院先に到着してから30分以上かかることもあります。
もちろん、すべての病院が同じではありません。
中には、患者さんと搬送スタッフを先に病棟へ案内し、付き添いのご家族には別のルートで入院受付をしてもらうなど、患者さんの受け入れをスムーズに進めている病院もあります。
病院によって受け入れの方法はさまざまです。
「病院同士でもっと連携できないの?」
こうした場面で、ご家族から、
「転院することは前から決まっていたのに、どうして病院同士でもっと連携できていないの?」
という声を聞くことがあります。
ご家族からすれば当然の疑問だと思います。
しかし、転院の流れを一つずつ紐解いてみると、あることに気づきます。
一人の患者さんを病院から病院へ移すために、想像以上に多くの人が関わっているのです。
送り出す病院では、医師、看護師、薬剤部、会計などがそれぞれの役割を担います。
そこから介護タクシーや民間救急などの搬送事業者が患者さんを引き継ぎ、安全に次の病院へ移送します。
転院先では、入院受付、受け入れ病棟、看護師などへと患者さんが引き継がれていきます。
そして、その一連の流れには付き添うご家族も関わっています。
つまり転院とは、単純に「A病院からB病院まで患者さんを車で運ぶこと」ではありません。
一人の患者さんを、今いる医療機関から次の医療機関へ安全につなぐために、多くの人がそれぞれの役割を担い、バトンを渡していく一連の流れなのです。
「10分の移動」を数字で見てみると
たとえば、
退院元の病院で約30分。
車での走行が約10分。
転院先の病院で30分以上。
これだけで、搬送全体では70分以上になります。
地図上では、わずか10分の距離です。
しかし、その10分の前後には、地図には表示されない約60分の時間があります。
そして、その間も搬送に関わる仕事は続いています。
だからこそ、転院にかかる時間や料金を考えるときには、「車に何分乗ったか」だけでは見えてこない部分があります。
では、料金は何を確認すればいい?
転院で使用する介護タクシーや民間救急の料金体系は、事業者によって異なります。
走行にかかる運賃だけではなく、介助にかかる料金や、車いす・ストレッチャーなどの機材を使用する場合の料金などが加わることもあります。
また、搬送に必要な時間が料金に関係する場合もあります。
そのため、転院を依頼するときには、
「病院から病院まで10分くらいなのですが、いくらですか?」
と距離だけで考えるのではなく、
「病室から転院先での引き継ぎまで含めて、総額でどのくらいかかりますか?」
と事前に見積もりを確認しておくことをおすすめします。
料金に含まれるもの、別途必要になるものも確認しておけば、転院当日の「思っていた料金と違った」という行き違いも減らすことができます。
転院当日、ご家族にできること
ここまで読むと、「では家族は何をすればいいの?」と思われるかもしれません。
実は、ご家族が少し早めに動くだけで、転院がスムーズになることがあります。
まず、できれば搬送車両が到着する前に病院へ行き、患者さんの荷物や着替えなど、家族側で準備できるものを確認しておきます。
そして大切なのが、会計、薬、転院先へ持っていく書類などの準備状況を病院スタッフに確認しておくことです。
もちろん、ご家族が医師や各部署を回って準備するという意味ではありません。準備が整っているかを確認し、まだのものがあれば担当のスタッフに相談しておくだけでも違います。
搬送事業者が到着してから、
「そういえば会計は?」
「薬はどこですか?」
「転院先へ持っていく書類は?」
となれば、そこから確認が始まります。
また、転院先の病院で入院受付が必要な場合には、ご家族が受付を進めている間に患者さんを病棟へ案内できる病院もあります。
到着したら全員で同じ場所に行かなければならないとは限りません。
「患者本人はどこへ行けばいいのか」「家族はどこで入院手続きをするのか」
を事前に転院先へ確認しておくと、到着後の動きがスムーズになることがあります。
もう一つ大切なのが、転院当日は時間に余裕を持つことです。
転院には多くの人や部署が関わるため、すべてを予定時刻どおりに進めることが難しい場合があります。
「10時に出発だから、10時10分には転院先に着いて、その後すぐ帰れるだろう」
と予定を組んでしまうと、少し待ち時間が発生しただけでも焦ってしまいます。
転院は、患者さんにとってもご家族にとっても大きな出来事です。
だからこそ、当日は予定を詰め込みすぎず、少し余裕を持って動くことをおすすめします。
ご家族だけですべてを動かす必要はありません。
家族ができる準備、病院が行う準備、搬送事業者が行う準備。
それぞれが自分の役割を少しずつ進めておくことが、一人の患者さんをスムーズに次の医療へつなぐことにつながります。
「10分しか乗っていないのに、この料金?」
そう感じることがあるかもしれません。
しかし、その10分の前後を見てみると、医師、看護師、薬剤部、会計、搬送事業者、入院受付、受け入れ病棟、そしてご家族など、多くの人が一人の患者さんのために動いています。
退院・転院は、単なる「移動」ではありません。
一人の患者さんを次の医療へ安全につなぐために、多くの人が関わって完成する一つの移送なのです。
転院を予定されている方は、距離だけではなく、こうした前後の流れも含めて時間と料金を確認しておくと、より安心して当日を迎えられると思います。

