「○月○日の10時に来てください」「はい、わかりました」。
これだけで介護タクシーの予約が完了すれば、依頼する側にとっては楽だと思います。忙しいケアマネジャーさんやMSW(医療ソーシャルワーカー)さんにとって、日時と行き先を伝えるだけで手配が終わることは便利でしょう。
しかし、それは患者さんにとっても良い受付なのでしょうか。
介護タクシーは、単に病院から自宅まで車を走らせる仕事ではありません。特に転院・退院では、ご本人の身体状況、ADL、自宅環境、移乗方法、必要な機材、介助人数などによって搬送方法が大きく変わります。
私たちの会社では、こうした搬送に必要な情報を記録するものを**「搬送カルテ」**と呼んでいます。
「うちに階段があるの、聞いていませんでしたか?」
たとえば「車いすの患者さんです。10時にお願いします」と依頼を受け、そのまま予約したとします。当日、病院へ迎えに行き、自宅へ到着して初めて玄関まで10段の階段があることが分かった。
ご本人は歩けません。乗務員は1名です。そこでご家族から「階段があること、聞いていませんでしたか?」と言われる。しかし事業者側は「聞いていませんでした」。
こうしたことは、できる限り搬送当日に起こしてはいけません。
「介護タクシーは搬送のプロだから任せています」という依頼者側の認識と、「階段があるとは聞いていません」という事業者側の認識。その間に挟まれてしまうのは患者さんだからです。
「搬送のプロに任せる」なら、搬送のプロが聞けばいい
ケアマネジャーさんやMSWさんが忙しいことは、私たちも理解しています。一人の患者さんだけを担当しているわけではなく、退院調整、家族対応、書類、連絡など、多くの業務を抱えています。
だから私は、「介護タクシーを依頼するときは、すべての情報を揃えてから電話してください」と言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
搬送のプロである私たちが、必要なことを聞けばいい。
「階段はありますか?」「普段はどのように移乗していますか?」「ご自身で立つことはできますか?」「座った姿勢を保てますか?」「酸素は使用していますか?」「ご自宅ではどこまで介助が必要ですか?」
何を確認すれば安全に搬送できるのか。それを知っていることも、搬送事業者の専門性の一つだと考えています。
そこで必要になるのが「搬送カルテ」です
私たちの会社では、コールセンターが搬送カルテをもとに受付を行っています。
搬送カルテには、単なる日時や住所だけではなく、ご本人の身体状況やADL、使用する機材、必要な介助、自宅環境など、搬送を組み立てるために必要な情報を記録します。
そして大切なのは、聞いた情報を記録するだけではないということです。
聞き取り → 状況の整理 → 搬送方法の提案 → 搬送カルテへの記録
ここまでを一つの受付業務として考えています。
たとえば通常の車いすでよいのか、リクライニング車いすが適しているのか、ストレッチャーが必要なのか。階段があるなら何名で対応するのか。こうしたことを聞き取りながら、その方に合った搬送方法を考えていきます。
リピート利用では「前回の搬送」が重要な情報になる
搬送カルテのメリットが特に大きいのが、繰り返しご利用いただいている方です。
前回はどのような身体状況だったのか、どの機材を使用したのか、自宅にどのような段差や階段があるのか、どのような方法で介助したのか。こうした情報を搬送カルテに蓄積していくことで、その方の搬送経過が分かるようになります。
ただし、前回と今回が同じとは限りません。
以前は通常の車いすだった方が、現在は座位保持が難しくなっているかもしれません。反対に、退院直後はストレッチャーだった方が、回復して車いすで移動できるようになっていることもあります。
だからこそ、「前回はこうでしたが、現在はいかがですか?」と確認する。
搬送カルテは過去の情報をそのまま使うためではなく、前回と現在を比較するためにも役立ちます。
搬送カルテがないことで起こり得ること
事前の聞き取りや情報共有が十分でなければ、さまざまなトラブルにつながります。
「車いす」と聞いていたものの実際には全介助で、移乗に2名必要だった。通常の車いすを用意したものの座位保持が難しかった。迎えに行って初めて酸素を使用していることが分かった。ストレッチャーを用意したものの、自宅の玄関やエレベーターを通れなかった。ご家族は「介護タクシーが全部介助してくれる」と思い、事業者側は「家族が手伝ってくれる」と思っていた。
さらに、退院時間だけが決まっていて、自宅に誰がいるのか、ベッドまでどう移動するのか、必要な福祉用具が準備されているのかが確認されていないこともあります。
一つひとつは小さな情報かもしれません。しかし、その情報によって必要な車両、機材、人員、搬送方法が変わります。
だからこそ、それらを一つにまとめて扱う**「搬送カルテ」**という考え方が必要なのです。
それでも初回搬送では情報の取り違えが起こる
私たちも搬送カルテを使い、できるだけ丁寧に聞き取りと提案を行っています。それでも、初めてご利用になる方では情報の食い違いが起こることがあります。
これは必ずしも誰かが間違ったことを伝えているからではありません。
ケアマネジャーさんが持っている情報、MSWさんが病院で把握している情報、ご家族が認識している状態、そして実際のご本人の状態。それぞれが見ている場面が違います。
たとえば「車いすに乗れます」という一つの情報でも、「自分で移乗できる」「全介助なら乗れる」「病院内で短時間なら座っていられる」では意味がまったく違います。
「階段があります」についても、2段なのか10段なのか、屋内なのか屋外なのかによって対応は変わります。
だから私たちは、搬送カルテを作ればすべて解決するとは考えていません。
次に必要なのは「三者の認識を一致させる仕組み」
搬送カルテを運用してきたからこそ、次の課題も見えてきました。
それは、搬送事業者・依頼者・ご本人やご家族の認識を一致させることです。
搬送事業者だけが詳細な搬送カルテを持っていても、依頼したケアマネジャーさんやMSWさん、ご本人・ご家族が考えている搬送方法と違っていれば、当日に認識の食い違いが起こる可能性があります。
「今回は通常の車いすで移動します」「階段は2名で対応します」「自宅ではベッドまで介助します」といった重要な部分について、関係する人たちが同じ認識を持てる仕組みが必要だと考えています。
これは「言った・言わない」を防ぐためだけのものではありません。
患者さんを安全に次の場所へつなぐための情報共有です。
「搬送カルテ」を介護タクシーの当たり前に
医療には診療記録があり、介護にも支援の記録があります。では、人を安全に移動させる「搬送」についてはどうでしょうか。
私は、介護タクシーにも**「搬送カルテ」**という考え方がもっとあっていいと思っています。
日時、出発地、目的地だけを記録する予約表ではありません。その方がどのような状態で、どのような環境から、どの機材を使い、どのような介助によって移動するのか。そして前回からどのような変化があったのか。
その人の「移動」に必要な情報を蓄積するもの。それが搬送カルテです。
「○日の10時に来てください」「はい、わかりました」で終わる受付から、必要なことを聞き取り、適切な搬送方法を提案し、その情報を残し、次の搬送につなげていく受付へ。
そして将来的には、その情報の重要な部分を依頼者、ご本人・ご家族、搬送事業者で共有し、三者の認識を合わせてから搬送する。
私たち自身もまだ改善の途中です。
だからこそ、移動サポートネットワーク(ISN)では、「搬送カルテ」という言葉と考え方を、介護タクシー・福祉輸送の現場に広げていきたいと考えています。
介護タクシーは、ただ迎えに行く仕事ではありません。
その人の状態を知り、移動方法を考え、安全に次の場所へつなぐ仕事です。
そのための一つの土台が「搬送カルテ」なのです。

