退院や転院の調整をしていると、介護タクシーの手配についてまで、じっくり考えている時間はなかなか取れないのではないでしょうか。
患者様やご家族との面談、退院先との調整、院内の多職種との連携、制度やサービスの確認。その中で移動手段まで決めなければならないとなれば、「希望する時間に来てもらえる」「料金が安い」「いつもお願いしている」といった理由で事業者を選ぶこともあると思います。
もちろん、時間や料金は大切です。いつもお願いしている事業者との信頼関係も大きな財産です。
ただ、退院・転院における移動をもう少し掘り下げてみると、MSWが本当に求めているのは「患者様を運んでくれる車」だけではないのかもしれません。
「この患者様と、このご家族を任せても大丈夫」
そう思える事業者がいることではないでしょうか。
料金表には載っていない「患者様やご家族の事情」
介護タクシーを探せば、車いす、リクライニング車いす、ストレッチャー、階段介助など、設備や対応内容については確認できます。
しかし実際の退院支援では、料金表や設備一覧だけでは説明できない事情があります。
「このご家族は時間にとても厳しい」「料金についてかなり細かく確認される」「予定変更への不安が強い」「ご本人とご家族との関係に少し配慮が必要」「ご家族が介護にかなり疲れている」。
これは患者様やご家族を「難しい方」と評価するための情報ではありません。その方が何を不安に感じ、どう対応すれば安心して移動できるのかを考えるための情報です。
時間を非常に気にされる方であれば、遅れる可能性が分かった時点で早めに連絡する。料金に不安がある方であれば、追加料金が発生する可能性まで含めて事前に説明する。予定変更への不安が強い方であれば、変更内容を一つずつ丁寧に伝える。
事前に事情が分かっていれば、事業者側も準備できます。
MSWから「実はこのご家族、少し時間に厳しいのですが大丈夫ですか」と相談されたときに、「分かりました。時間変更があれば早めに連絡するようにします」と受け止められるか。
こうした少し言いにくいことまで相談できる相手かどうか。
それも介護タクシーを選ぶうえで大切なことだと思います。
「家族がいる=家族が介助できる」ではありません
退院時にご家族が迎えに来ているからといって、必ずしも介助をお願いできるとは限りません。
高齢の配偶者かもしれません。ご自身も身体に不安を抱えているかもしれません。長期間の入院対応で疲れていることもあれば、本人と家族との関係そのものに事情がある場合もあります。
MSWは、そうした背景まで理解したうえで退院を調整していると思います。
ところが、その事情を知らない事業者が自宅へ到着して「ここからはご家族にお願いします」と言ってしまえば、最後の最後でご家族を困らせてしまうことがあります。
「ご家族にはなるべく介助をお願いしないでほしい」「できればベッドまでお願いします」と相談したとき、その意図まで理解して対応してくれるか。
病室から車両へ、車両から自宅へ、そして必要であれば居室やベッドまで。
介護タクシーの仕事を単なる「乗車地点から降車地点まで」と考えるのか、「病院での生活から次の生活へつなぐ移動」と考えるのか。
そこには大きな違いがあります。
MSWの「ちょっと気になる」を受け取れるか
退院支援をしていると、明確な問題ではないけれど、「今回の退院は少し気になる」と感じることもあると思います。
自宅の状況がよく分からない。ご家族は介助できると言っているけれど少し心配。ご本人が退院後の生活を十分理解できているのか気になる。
チェックシートには書きにくいけれど、患者様やご家族と接してきたMSWだから感じることがあります。
そんなとき、
「ちょっと気になる患者様なので、お願いします」
と言える関係があるだけでも違います。
介護タクシー事業者が医療的な判断や退院支援そのものを担うわけではありません。しかし、「分かりました。少し注意して見ておきます」と受け取ることはできます。
そして自宅へ到着して、事前に聞いていた状況と大きく異なっていた場合などに、自分たちだけで判断して終わらせず、必要な情報を適切な関係者へつなぐ視点を持っている。
移動中だから見えること、自宅へ行ったから分かることもあります。
必要に応じて「無事にベッドまで移乗しました」「ご家族へ引き継ぎました」と報告してもらえるだけでも、送り出した側の安心につながります。
キャンセルになったときに見えることもあります
退院や転院は、一度決まったからといって必ず予定通りになるとは限りません。
患者様の状態が変わって退院が延期になる。転院先との調整で時間が変更になる。直前になって移動そのものがなくなる。
MSWにも介護タクシー事業者にも、コントロールできない変更があります。
もちろん、事業者側もその時間の車両やドライバーを確保しています。別の依頼を断っている場合もありますから、事前に定められたキャンセル料が発生すること自体を否定するものではありません。
大切なのは、キャンセル料があるかないかではなく、そのときにどのような対応をする事業者なのかです。
キャンセルの連絡をした途端に感情的になったり、高圧的な態度で支払いを求めたりするのではなく、まず事情を確認する。そのうえでキャンセル料が発生するのであれば、事前に定めたルールに沿って冷静に説明する。
同じキャンセル料を請求する場合でも、対応によって受け取る印象はまったく違います。
病院側も変更が分かった時点でできるだけ早く連絡する。事業者側も退院・転院には予定変更が起こり得ることを理解する。
お互いが相手の事情を理解できる関係であることが大切です。
「何でもできます」と言う事業者が安心とは限りません
忙しいときに介護タクシーへ電話をして、「大丈夫です。やります」とすぐに引き受けてもらえれば助かります。
しかし、
「依頼を受けること」と「責任を持って手配できていること」は別です。
介護タクシー業界では、自社で対応できない依頼を信頼できる他の事業者と連携して対応することがあります。
これは決して悪いことではありません。むしろ一社だけでは対応できない患者様の移動を地域で支えるためには、事業者同士の連携が必要です。
問題は、自社で対応できるか確認しないまま、とりあえず依頼を受けることです。
その後になって対応できる事業者を探し始める。誰にどの案件をお願いしたのか十分に管理されていない。「依頼したつもり」「引き受けてもらったつもり」になっている。
そうなれば、ダブルブッキングや手配漏れにつながります。
退院時間になっても車が来ず、確認すると「別の事業者にお願いしています」と言われ、その事業者へ連絡すると「正式には聞いていません」。
最終的にMSWがもう一度手配する。
これでは連携とは言えません。
事業者間で協力するのであれば、誰が依頼を受け、誰が実際に運行し、誰が最終確認をするのかまで整理されている必要があります。
そして代わりの事業者を見つけたからといって、「あとはそちらで」ではありません。
何時に、誰が、どの車両で迎えに行くのか。車いすなのかストレッチャーなのか。階段介助は必要なのか。患者様やご家族について必要な申し送りは何か。
そこまで確実に引き継いで、初めて「手配した」と言えるのではないでしょうか。
「できます」より「確認して折り返します」が信頼できることもある
ストレッチャー、階段介助、複数名対応、長距離搬送、厳密な時間指定など、条件が複雑になればなるほど、本当に対応できるのか確認する必要があります。
そのため、
「車両とスタッフを確認して折り返します」
という回答は、必ずしも対応が遅いわけではありません。
むしろ、確実にできることだけを引き受けようとしている姿勢かもしれません。
本当に難しいときに、「申し訳ありません。この条件では確実なお約束ができません」と言えることも信頼の一つです。
安請け合いをしないことも、患者様の移動を守るために必要だからです。
ダブルブッキングなど、問題が起きたときにどう動くか
どれだけ注意していても、人が関わる仕事ですからミスや認識の違いが起こる可能性を完全にゼロにはできません。
重要なのは、起きてしまったときにどうするかです。
すでに確定している予約を事業者側の都合だけで簡単に動かさない。後から別の仕事が入ったからといって、先に約束した患者様を軽く扱わない。
どうしても対応できない事情が生じたのであれば、できるだけ早く状況を把握し、必要に応じて信頼できる事業者へ協力を求め、依頼元にも説明する。
そして、患者様の移動が実際に確保できたところまで確認する。
こうした業界内の基本的な考え方や、事業者同士で連携するときの責任の持ち方を理解しているかどうかは、MSWからはなかなか見えない部分だと思います。
だからこそ、日頃のやり取りを見ることが重要になります。
何かあったときの姿勢は、普段の接し方に表れます
問題が起きるたびに「病院から聞いていません」「MSWからそう言われました」「家族が言わなかったからです」と、まず誰かの責任にする。
それとも、「まず状況を確認しましょう」「こちらにも確認不足がありました」「次回からどうすれば防げるでしょうか」と解決に向けて話ができる。
どちらの事業者へ、次の患者様をお願いしたいでしょうか。
そして、こうした姿勢は大きなトラブルが起きなくても、普段の小さなやり取りに表れます。
電話での話し方、病棟スタッフへの接し方、予約変更への反応、患者様やご家族への言葉遣い、忙しいときの態度、できない依頼を断るときの伝え方、ちょっとした行き違いがあったときの反応。
普段の接し方には、その事業者が何を大切にしているのかが表れます。
「安い・空いている・来てくれる」の、その先へ
料金が適正であること。希望する時間に来てくれること。必要な車両や機材があること。
どれも介護タクシーを選ぶうえで重要です。
そのうえで、もう一つの視点を持ってみてはいかがでしょうか。
「この患者様について、ちょっと相談しても大丈夫な事業者か」
時間に厳しいご家族のこと。
料金への不安が強い方のこと。
複雑な家族関係のこと。
本人の退院への不安。
自宅に帰ってから心配なこと。
そんな少し言いにくいことを必要な範囲で相談でき、「分かりました。では、こうしましょう」と一緒に考えてくれる。
何でも「できます」と言うのではなく、できないことはできないと伝えてくれる。
キャンセルや変更があっても感情的にならず、ルールに沿って話ができる。
他の事業者と連携する場合にも、誰が患者様を迎えに行くのか最後まで確認してくれる。
問題が起きたときには誰かに責任を押し付けるのではなく、まず解決することを考えてくれる。
そうした積み重ねが、
「この患者様とご家族なら、この事業者にお願いしよう」
という信頼につながっていくのではないでしょうか。
ときどき、地域の移動支援を見直してみませんか
今お願いしている介護タクシー事業者を変えましょう、という話ではありません。
いつもお願いしている事業者との信頼関係は、とても大切です。
ただ、半年に一度、一年に一度でも構いません。
地域にどのような事業者がいて、何ができるのか。どんなケースを得意としているのか。患者様やご家族にどう接しているのか。そして、どこまで相談できるのか。
一度知る機会をつくってみる。
それだけでも、いざというときの選択肢は増えます。
そしてそれは、患者様やご家族だけではなく、毎回移動を調整するMSWや病院にとってもメリットになるはずです。
ISNがつくりたいのは「顔の見える移動支援」です
移動サポートネットワーク(ISN)が目指しているのは、単なる介護タクシー事業者の一覧をつくることではありません。
どんな人が運営しているのか。何を大切にしているのか。何が得意なのか。どこまで相談できるのか。
そうしたことまで分かる、顔の見える関係を地域につくりたいと考えています。
MSWが毎回一から事業者を探すのではなく、
「こういう患者様なんだけど、相談できますか?」
と言える。
一社で対応できなければ、信頼できる事業者同士で連携する。ただし、単に仕事を横へ流すのではなく、患者様が次の生活場所へ到着するまで責任を持ってつなぐ。
介護タクシーは、患者様をA地点からB地点へ運ぶだけの存在ではありません。
退院・転院という、患者様が病院での生活から次の生活へ移る大切な場面を担っています。
だからこそ、「来てくれるか」「いくらか」だけではなく、
「この患者様と、このご家族を任せても大丈夫か」
という視点でも、ときどき地域の移動支援を見直してみてはいかがでしょうか。
もし日々の退院支援の中で、
「介護タクシーに、もう少しここまでやってもらえたら助かる」
「こんなことまで相談できる事業者がいたらいい」
という小さなモヤモヤがあれば、ぜひ私たちにも聞かせてください。
その声を、介護タクシー事業者側にも届けていく。
病院が事業者を知り、事業者も病院やMSWが何に困っているのかを知る。
そんな関係をつくることも、ISNの役割だと考えています。
※患者様・ご家族に関する情報共有については、個人情報保護や各医療機関の運用等に従い、移動支援に必要かつ適切な範囲で行うことが前提です。

