「今日は話を聞いただけだった」
利用者さんのお宅を訪問して、1時間ほど話を聞く。
最近の体調のこと。ご家族との関係。これからの生活への不安。
話はあちこちに広がり、気がつけば予定していた時間が過ぎている。
新しいサービスが決まったわけでもない。
ケアプランが大きく変わったわけでもない。
目に見える問題が一つ解決したわけでもない。
「今日は話を聞いただけだった」
そんなふうに感じる日が、ケアマネジャーの皆さんにもあるのではないでしょうか。
でも私は、その「話を聞いただけ」という時間にこそ、ケアマネジャーという仕事の大切な価値があるのではないかと思っています。
私は2004年から20年以上、介護タクシーの仕事に携わってきました。
病院への通院、退院、転院、施設への入所、そして外出支援。
数多くの利用者さんやご家族と接する中で、いつも感じてきたことがあります。
それは、人が安心して移動できるようになるまでには、車を手配するよりも前に、誰かが積み重ねてきた時間があるということです。
その時間を支えているのが、ケアマネジャーの皆さんなのだと思います。
本人の希望は、最初から言葉になっているとは限らない
例えば、長い間、自宅からほとんど外出していない高齢の方がいたとします。
ご家族は「たまには外に連れ出してあげたい」と考えている。
でも、ご本人はこう言います。
「もういいよ。どこにも行かなくて」
この言葉を、そのまま受け取れば、外出支援は必要ないという判断になるかもしれません。
けれど、その言葉の背景には、さまざまな気持ちが隠れていることがあります。
家族に迷惑をかけたくない。
車いすで出かける姿を人に見られたくない。
トイレのことが心配。
費用がどれくらいかかるか分からない。
以前のように歩けない自分を認めたくない。
そして、期待しても実現しないのなら、最初から諦めておこう。
「行きたくない」という一言が、必ずしも「行きたい場所がない」という意味ではないのです。
もちろん、本当に外出を望んでいない方もいます。
大切なのは、外出させることを目的にするのではなく、その人が何を感じ、何を望んでいるのかを丁寧に理解することだと思います。
そのためには、一度の訪問で答えを出せないこともあるでしょう。
何度も話を聞く。
少しずつ関係をつくる。
ご本人の表情や言葉の変化に気づく。
そうした時間を経て、ある日ふと、
「昔よく行った公園に、もう一度行ってみたいな」
という言葉が出てくることがあるかもしれません。
その瞬間、初めて外出支援の具体的な検討が始まります。
でも、本当の支援は、そのずっと前から始まっていたのだと思います。
介護タクシーが迎えに行く前に、すでに大切な仕事が終わっている
私たち介護タクシー事業者は、予約された日時に利用者さんをお迎えに行きます。
車いすを固定し、安全を確認して、目的地へ向かう。
必要に応じて乗降介助や付き添いを行う。
これが私たちの仕事です。
しかし、私たちが到着するまでに、どれだけの調整が行われているでしょうか。
ご本人の希望を確認する。
ご家族の意向を聞く。
身体状況を把握する。
移動方法を検討する。
費用や介助の必要性を確認する。
医療機関やサービス事業者と連絡を取り合う。
そして、何よりご本人が納得して外出できるように支える。
私たちが当日、安全に搬送できるのは、こうした準備があってこそです。
介護タクシーの仕事は、利用者さんを目的地までお送りすること。
けれど、ケアマネジャーの仕事は、その人が目的地へ向かおうと思えるところから支えている。
私は、そこに大きな違いがあると感じています。
もちろん、ケアマネジャーだけですべてを担っているわけではありません。ご家族や訪問介護員、看護師、医療ソーシャルワーカーなど、多くの方が関わっています。
その中で、それぞれの思いや支援をつなぎ、本人の生活全体を見ながら調整する役割には、特別な専門性があると思うのです。
「何も変わらなかった」と「何も起きなかった」は違う
支援の成果というと、何かが改善したことや、新しいサービスにつながったことに目が向きやすいものです。
歩ける距離が延びた。
外出の回数が増えた。
通院が継続できるようになった。
もちろん、こうした変化は大切です。
しかし、高齢者の生活を支える仕事では、変化が起きないことにも価値があるのではないでしょうか。
転倒せずに過ごせた。
必要な通院を続けられた。
家族が無理を重ねずに済んだ。
本人が安心して自宅で暮らせた。
昨日と同じように、今日も生活できた。
それは、偶然ではないかもしれません。
誰かが小さな変化に気づき、必要な連絡を取り、問題が大きくなる前に対応していたからかもしれないのです。
何も起きなかった一日の裏側に、たくさんの仕事がある。
私は、介護タクシーの仕事を続ける中で、そうした支援の積み重ねに支えられてきました。
ケアマネジャーにも、できないことがあっていい
一方で、ケアマネジャーの皆さんが、あまりにも多くのことを抱えているのではないかと感じる場面もあります。
「通院の車が見つからない」
「階段の介助をお願いできる人がいない」
「家族が付き添えない」
「急に退院が決まった」
本来であれば、それぞれの専門職や事業者が力を合わせて解決すべき問題です。
それでも、最終的にケアマネジャーへ相談が集まってしまう。
何とかしたいと思うほど、自分で調べ、自分で電話をかけ、自分で調整することになる。
その責任感に、私たち移動支援の事業者が頼りすぎてはいないでしょうか。
ケアマネジャーが、移動支援に関するすべての知識を持っている必要はないと思います。
車いすの種類ごとの車両選定も、階段介助の方法も、医療的な配慮が必要な搬送の判断も、それぞれの専門家と相談できる環境があればいい。
ケアマネジャーが一人で答えを出さなくても、相談できる相手がいる。
困ったときに、適切な専門職につながる。
そうした関係を地域の中につくっていくことが、私たち移動支援に関わる事業者の役割でもあると考えています。
私たちが支えたいのは、移動だけではありません
移動サポートネットワーク(ISN)では、介護タクシー事業者をはじめ、医療・介護・福祉に関わるさまざまな専門職が連携できる環境づくりを目指しています。
その目的は、単に搬送の依頼を増やすことではありません。
移動に関する課題があるとき、誰か一人が抱え込まなくてもいい仕組みをつくることです。
ケアマネジャーが利用者さんの話に耳を傾け、本人の思いを理解する。
その結果、外出したいという希望が見つかったときには、私たちが移動の専門家として力を発揮する。
それぞれが自分の専門性を生かせる関係でありたいと思っています。
ケアマネジャーの仕事を、介護タクシー事業者が代わることはできません。
だからこそ、私たちは自分たちにできることで、その仕事を支えていきたいのです。
今日も、誰かの話を聞いているケアマネジャーの皆さんへ
今日の訪問では、何も決まらなかったかもしれません。
ご本人の気持ちが変わらなかったかもしれません。
何度も同じ話を聞くことになったかもしれません。
それでも、その時間が無意味だったとは限りません。
自分の話を聞いてくれる人がいる。
急かさずに待ってくれる人がいる。
困ったときに相談できる人がいる。
そう思えることが、次の一歩につながる場合もあるからです。
私たち介護タクシー事業者が目にするのは、利用者さんが車に乗る、その日の姿です。
でも、その一日のために積み重ねられてきた時間があることを、忘れずにいたいと思います。
人が外出できるようになるのは、車が見つかったときだけではありません。
「もう一度、行ってみようかな」と思えるようになったときから、外出は始まっているのかもしれません。
その気持ちに寄り添い続ける仕事に、私は心から敬意を持っています。
そして、そうした仕事を支えられる移動支援のネットワークを、これからも育てていきたいと思います。
皆さんにお聞きしたいことがあります。
ケアマネジャーとして働く中で、目に見える成果はなかったけれど、「あの時間には意味があった」と感じた経験はありますか。
あるいは、後になって初めて、あのときの関わりが大切だったと気づいたことはあるでしょうか。
皆さんが現場で感じていることも、ぜひ聞かせてください。
執筆:宮﨑直人
株式会社KAZUO.M/フレンドシップタクシー
移動サポートネットワーク(ISN)
2004年から20年以上、介護タクシー・移動支援の現場に携わる。医療・介護・福祉の専門職がつながり、移動に困る人と支援する人の双方を支えられる地域連携を目指して活動中。

