介護タクシーを営業していると、「その時間は予約がいっぱいなのでお受けできません」と、依頼を断らなければならないことがあります。
そんなとき、事業者として気になるのが「これって乗車拒否になるの?」という問題です。
介護タクシーは福祉サービスとしての側面が強いため、「困っている方から頼まれたら、できる限り受けなければならない」と考えている事業者もいると思います。もちろん、利用者の移動をできる限り支える姿勢は大切です。しかし私たちは福祉に関わる仕事をしていると同時に、道路運送法に基づいて旅客を運送する事業者でもあります。
だからこそ、「困っているから受ける」「忙しいから断る」といった感覚だけではなく、法律と安全運行の両方から判断する必要があります。
タクシー事業者には「運送引受義務」がある
道路運送法第13条には、一般旅客自動車運送事業者の「運送引受義務」が定められています。
基本的な考え方として、事業者は正当な理由なく運送の引受けを拒絶することはできません。そのため、「近距離だから行きたくない」「手間がかかりそうだから受けたくない」「売上にならないから断ろう」といった、事業者側の一方的な都合だけで利用者を選ぶことは適切ではありません。
介護タクシーも一般乗用旅客自動車運送事業として運営している以上、この原則を理解しておく必要があります。
ただし、運送引受義務があるからといって、すべての依頼を無条件で引き受けなければならないわけではありません。道路運送法には、運送に適する設備がない場合や、旅客から特別な負担を求められた場合、運送が法令に反する場合、天災その他やむを得ない事情によって運送に支障がある場合など、運送を拒絶できるケースも定められています。
介護タクシーでは、この「安全に運送できる条件が整っているか」という視点が特に重要になります。
「できます」と言うことが危険な場合もある
たとえば、利用者の家族から「父を2階から階段で下ろして、そのまま病院まで連れて行ってほしい」という依頼があったとします。
詳しく確認すると、利用者は体格が大きく、自力歩行が難しい。住宅の階段も狭く、その日の乗務員は1名しかいない。安全に階段介助を行うための人員や必要な機材も確保できない。
こうした状況で、「困っているようだから、なんとかやってみよう」と引き受けることが、本当に利用者のためでしょうか。
介護タクシーで最優先されるべきなのは、依頼を受けることではなく、安全にサービスを遂行できることです。無理に介助した結果、利用者を転倒させてしまったり、階段から落下させてしまったり、途中で乗務員が支えきれなくなったりすれば、「利用者のために無理をした」という説明では済みません。
断ることそのものが問題なのではなく、安全にできないことを「できます」と引き受けてしまうことのほうが、大きな問題につながる可能性があります。
「車が空いている」だけでは判断できない
一般のタクシーと比べて、介護タクシーでは予約を受ける際に確認しなければならない条件が多くあります。
利用者は車いすなのか、リクライニング車いすなのか、ストレッチャーなのか。酸素などの医療機器を使用しているのか。自宅には階段があるのか。乗務員1名で安全に対応できるのか、それとも複数名の介助者が必要なのか。さらに、その利用者に必要な機材を車両に積載できるのかまで確認しなければなりません。
つまり、予約表を見て「その時間は車が空いているから受けられる」と単純に判断できる仕事ではありません。
利用者の身体状況、住宅環境、必要な介助、車両、機材、人員などを確認したうえで、現在の自社の体制で安全に対応できるかを判断する必要があります。
介護タクシーにおける予約受付は、単なる配車業務ではなく、安全運行の入口でもあるのです。
「その時間は予約がいっぱいです」は乗車拒否なのか
現場では、特殊な介助が必要だから断るケースよりも、「その時間はすでに別の予約が入っている」というケースのほうが多いでしょう。
たとえば、「明日の10時に病院までお願いします」という依頼が入ったものの、10時にはすでに別の利用者の予約が入っている。同じ車両、同じ乗務員が同時刻に2件の運送を行うことはできません。
ここで「乗車拒否と言われるのが怖いから」と無理に予約を入れてしまえば、今度はすでに予約している利用者へのサービスに影響します。
最初の利用者への到着が遅れ、その結果、病院の診察時間に間に合わなくなるかもしれません。転院搬送であれば転院先の受入時間に遅れ、病院職員や家族、受入先のスタッフまで待たせることになる可能性があります。
一件の無理な受注によって、その後の予約が次々と遅れていくこともあります。
だからこそ予約管理は、単なる売上管理ではありません。無理のない運行計画をつくり、利用者との約束を守り、安全にサービスを提供するための重要な業務です。
大切なのは「なぜ受けられないのか」を説明できること
依頼を受けられない場合、事業者として重要なのは「できません」の一言で終わらせるのではなく、なぜ対応できないのかを整理しておくことです。
「その時間帯はすでにすべての車両が運行している」「ストレッチャー対応車両を確保できない」「安全に階段介助を行うために必要な人員が確保できない」「現在保有している設備では安全な乗車が難しい」など、受けられない理由にはそれぞれ違いがあります。
その理由を明確にしたうえで、時間を変更すれば対応できないか、別の日であれば可能なのか、他の事業者で対応できるところはないかと考えていくことが大切です。
ここに、ISNのような事業者同士のネットワークをつくる意味もあります。
自社で対応できない依頼が入ったとき、「うちでは無理です」で終わらせるのではなく、安全に対応できる別の事業者につなぐことができれば、利用者の移動そのものは途切れません。
すべてを自社で抱えることだけが移動支援ではありません。自社でできないことを判断し、それをできる人につなぐことも、地域の移動支援だと私は考えています。
善意と安全は分けて考える
介護タクシーを長く続けていると、「なんとかしてあげたい」と思う場面に何度も出会います。
私自身、20年以上この仕事を続けてきましたが、利用者や家族から困っている事情を聞けば、「なんとかできないだろうか」と考えます。それは介護タクシー事業者として、とても大切な気持ちだと思います。
一方で、長く仕事を続けるほど強く感じるようになったことがあります。それは、善意と安全は分けて考えなければならないということです。
利用者のためだと思って無理な予約を入れる。時間が足りないのに次の仕事へ向かう。人員が不足しているのに難しい介助を行う。必要な設備がない状態で運送する。その瞬間は「利用者のため」に見えるかもしれませんが、それによって事故や大きな遅延が起これば、結果として利用者にも、家族にも、病院や施設にも迷惑をかけることになります。
法律を知る目的は、「どうすれば依頼を断れるのか」を探すことではありません。
自分たちが安全に引き受けられる範囲と、引き受けてはいけない範囲を判断できるようにすることです。
介護タクシーは、人の命や生活に関わる仕事です。だからこそ利用者から「できますか?」と聞かれたとき、何でも「できます」と答える事業者ではなく、利用者の状態や現場の状況を確認し、できることと、できないことをきちんと判断できる事業者でありたいと思います。
そして、自社でできないのであれば、できる事業者につなぐ。
私は、それも介護タクシー事業者としての責任の一つだと考えています。
※本記事は介護タクシー事業者向けに、法令や実務上の考え方を分かりやすく紹介することを目的としたもので、個別案件についての法律相談ではありません。具体的な運用や法令の適用については、管轄の運輸支局、行政機関、弁護士などの専門家へご確認ください。
ご意見をいただいたので、
法令をもう一度確認しました。
「運送引受義務」を改めて考える
介護タクシーを営業していると、
「その時間はすでに予約が入っているので、お受けできません」
「対応できる車両がありません」
「必要な設備や人員を用意できません」
といった理由から、ご依頼をお受けできないことがあります。
では、これは「乗車拒否」になるのでしょうか。
前回の記事を公開したあと、この内容についてご意見をいただきました。
ありがとうございます。
法律に関する情報を発信している以上、こうしたご意見をいただいたときには、もう一度根拠に戻って確認することが大切だと考えています。
そこで今回は法律講座の第2弾として、道路運送法第13条「運送引受義務」について改めて確認しました。
■ 改めて道路運送法第13条を確認する
介護タクシーは福祉に関わる仕事ですが、同時に道路運送法に基づいて旅客を運送する事業です。
道路運送法第13条では、一般旅客自動車運送事業者について、一定の場合を除き、運送の引受けを拒絶してはならないと定めています。
つまり、基本となる考え方は、
「原則として運送を引き受ける」
ということです。
そのうえで同条には、運送の引受けを拒絶できる場合が定められています。
たとえば、
・当該運送に適する設備がないとき
・運送に関して申込者から特別の負担を求められたとき
・運送が法令の規定などに反するとき
・天災その他やむを得ない事由による運送上の支障があるとき
・国土交通省令で定める正当な事由があるとき
などです。
ここまでは、改めて確認しても基本的な考え方は変わりません。
■ 「予約がいっぱいなら断れる」という法律ではない
今回、改めて確認して特に大切だと感じたのがここです。
道路運送法第13条には、
「予約がいっぱいの場合」
という文言が、運送を拒絶できる理由として直接書かれているわけではありません。
ですから、
「予約がいっぱい=法律上、必ず断ってよい」
と単純に考えるのは適切ではありません。
一方、実際の介護タクシーの現場では、同じ時間帯にすでに別の運送契約・予約があり、車両や乗務員をその依頼に配車できないことがあります。
ここで大切なのは、単に「予約がいっぱい」という言葉だけを見るのではなく、
「なぜ、その運送を引き受けることができないのか」
という具体的な状況を見ることです。
■ 介護タクシーでは「設備」の問題も重要になる
介護タクシーでは、一般的なタクシー以上に、利用者の状態と車両・設備との適合が重要になります。
たとえば、車いすの種類やサイズ、リクライニング車いす、ストレッチャーなど、利用者によって必要となる設備は異なります。
道路運送法第13条でも、
「当該運送に適する設備がないとき」
は、運送引受義務の例外として定められています。
だからこそ介護タクシーでは、
「依頼が来たから、とにかく受ける」
ということだけではなく、
「その利用者を自社の車両・設備で安全に運送できるのか」
という確認も非常に重要になります。
■ 「人がいないから断れる」とも単純には言えない
もう一つ整理しておきたいのが「人員不足」です。
道路運送法第13条には、
「人員不足なら運送を拒絶できる」
とは直接書かれていません。
そのため、
「今日は人が足りないから断っていい」
と一般化するのは避けるべきでしょう。
介護タクシーの運行では、必要な資格、乗務員の勤務状況、安全な運行ができる体制など、さまざまな条件があります。
重要なのは、単に人が少ないという理由ではなく、
「その依頼を法令を守りながら安全に実施できる状態なのか」
を具体的に確認することです。
■ 運送引受義務と「運送の順序」
道路運送法第13条の次、第14条には「運送の順序」が定められています。
原則として、
「運送の申込みを受けた順序により、旅客の運送をしなければならない」
とされています。
予約を扱う介護タクシー事業者にとっても、運送引受義務とあわせて理解しておきたい条文です。
「予約が入っているから」という一言だけで考えるのではなく、すでに受けている運送と新たな申込みとの関係も含めて考える必要があります。
■ 法律は「断るため」に学ぶものではない
運送引受義務を学ぶ目的は、
「どうすれば依頼を断れるのか」
という理由を探すためではありません。
介護タクシーを必要としている方の中には、自力で公共交通機関を利用することが難しい方もいます。
通院、転院、退院、施設への入所、冠婚葬祭、外出。
私たちの運行が、その方の生活を支えていることがあります。
だからこそ、できる限り移動を支える姿勢は大切です。
一方で、
「福祉だから、どんな状況でも受けなければならない」
と考えることも、安全な運行につながるとは限りません。
利用者に適した設備がない。
法令を守った運行ができない。
安全を確保できない。
そのような状況で無理に依頼を引き受けることが、本当に利用者のためになるのか。
そこまで考えることが、運送事業者としての責任だと思います。
■ 今回、改めて確認して分かったこと
今回、道路運送法第13条をもう一度確認してみて、基本的な考え方は変わりませんでした。
「原則として、運送の引受けを拒絶してはならない。」
そして、
「法律で定められた例外に該当する場合には、運送を引き受けないことが認められる。」
一方で、より正確に伝えるためには、
「予約がいっぱいだから」
「人がいないから」
という言葉だけで、直ちに「正当な拒絶理由になる」と説明しないことも重要だと再確認しました。
大切なのは、その言葉の背景にある具体的な事情です。
そして、道路運送法だけではなく、自社の運送約款や関係する省令なども含めて確認する必要があります。
■ 誰が正しいかではなく、何が正しいか
法律や制度について発信するとき、私たちが大切にしたいことがあります。
「誰が言ったのかではなく、何を根拠としているのか。」
そして、
「現在の法令では、どのように定められているのか。」
今回ご意見をいただいたことで、もう一度法令を確認し、前回の記事をさらに深く整理することができました。
補足すべきところは補足する。
表現をより正確にできるところは、より正確にする。
モビリティケア研究所では、これからも現場で起こる疑問を法令や制度と照らし合わせながら、介護タクシー・移動支援に携わる皆さんと一緒に学べる情報を発信していきます。
利用者を守る。
乗務員を守る。
そして、適正な事業運営を守る。
そのために、法律を正しく知ることが大切だと考えています。
※本記事は一般的な法令・制度の解説を目的とするもので、個別事案について法的判断を示すものではありません。実際の運用については、自社の認可を受けた運送約款、最新の法令・通達等を確認し、必要に応じて管轄の運輸支局等へご確認ください。

