介護タクシーや移動支援の仕事をしていると、ときどきこんな話を耳にします。
営業ナンバーではない自家用車、いわゆる白ナンバーの車で高齢者や障害のある方を病院などへ送迎している。
料金について聞くと、
「料金は決めていません。お気持ちでいただいています」
というケースです。
介護タクシー事業者からすると、少し疑問を感じる話ではないでしょうか。
私たちは一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け、事業用の車両を用意し、必要な資格を持った運転者を配置し、運賃や料金、安全管理など、さまざまなルールの中で事業をしています。
それなのに、
「料金ではありません。お気持ちです」
と言えば、白ナンバーでも自費の送迎ができるのでしょうか。
結論から言えば、そんなに単純な話ではありません。
道路運送法では、自家用自動車を有償で旅客の運送に使用することについて規制があります。
ただし、ここで最初に理解しておかなければならないのは、
「白ナンバーで人を運んでいる=違法」ではない
ということです。
家族を病院へ送ったり、友人を駅まで送ったり、近所の高齢者を善意で買い物へ連れて行ったりする無償の送迎まで禁止されているわけではありません。
さらに国土交通省は、許可や登録を必要としない運送についてガイドラインを示しています。
例えば、無償運送に伴って実際に発生したガソリン代、有料道路使用料、駐車場代など、一定の実費を利用者が負担することについては、直ちに有償運送になるわけではありません。
そして、もう一つ分かりづらいのが「謝礼」です。
例えば、近所の高齢者から突然、
「病院まで送ってもらえない?」
と頼まれたとします。
こちらは善意で車を出し、料金についての約束もしていない。
病院まで送り届けたあと、利用者が、
「今日は本当に助かりました。これでお昼でも食べてください」
と自分の意思でお金を渡した。
国土交通省の考え方では、こうした社会通念上常識的な範囲で利用者から自発的に渡される謝礼については、運送の対価に当たらない場合があります。
ここだけを聞くと、
「それなら『料金はお気持ちで』と言っておけばいいのでは?」
と思う人が出てくるかもしれません。
しかし、ここに大きな違いがあります。
本当に無償で送迎したあと、利用者が自分の意思で渡した謝礼と、
「送迎します。料金はお気持ちでお願いします」
として利用者を集め、予約を受け、繰り返し送迎を行い、その都度金銭を受け取っているケースを、同じように考えることはできません。
「謝礼」
「お気持ち」
「協力金」
「寄付」
名前を変えれば道路運送法上の扱いまで変わるわけではありません。
大切なのは、そのお金が実際には何に対して支払われているのかという実態です。
実際、「お礼だった」という主張が問題になった事例もあります。
2025年、東京都内のホテルから羽田空港まで外国人観光客を自家用車で運び、金銭を受け取った疑いで、男性が道路運送法違反の疑いで書類送検されたことが報道されました。
男性は「お礼として客がお金を置いていった」「友人に頼まれて無償で送迎した」という趣旨の説明をしていました。
ただし、この事件を「謝礼を受け取ったから摘発された」と単純化してはいけません。
報道では、複数日にわたる送迎の計画や事前の金銭授受、運賃に関するやり取りなども確認されたとされています。
つまり、
「本人がお礼と言っているから、法律上もお礼になる」
ということではないわけです。
反対に、
「1円でも受け取ったら白タク」
という理解も正確ではありません。
ここが非常に分かりづらいところです。
さらに介護・福祉の世界には、「福祉有償運送」という制度があります。
福祉有償運送では、一定の要件を満たしたNPO法人や社会福祉法人などが登録を受け、要介護者や障害のある方などを対象として、白ナンバーの自家用車で有償運送を行うことができます。
つまり、白ナンバーで利用者を運び、お金を受け取っていたとしても、それだけで白タクとは判断できません。
正式な制度に基づいて行われている福祉有償運送もあるからです。
ただし、
「福祉目的なら白ナンバーで有償運送していい」
という意味ではありません。
福祉有償運送は、対象者、実施主体、運送区域、対価、安全管理など一定のルールの中で行われる登録制度です。
実は、この制度が整備されてきた背景にも道路運送法との問題があります。
高齢者や障害のある方の移動を支えるため、以前からNPOなどによる送迎活動が行われてきました。
そこには、
「移動に困っている人を助けたい」
という福祉としての必要性がありました。
一方で、自家用車を使い、一定の対価を受け取って人を運ぶ以上、道路運送法との関係が問題になります。
自治体が公開している福祉有償運送の制度説明には、平成15年頃、宮城県や東京都の団体が道路運送法違反で逮捕・送検されたことなどを契機として、福祉移動サービスを合法的に行うための動きが進んだという経緯も紹介されています。
つまり、
「福祉だから大丈夫」
「利益を出していないから大丈夫」
という話ではなかったのです。
必要とされている移動支援を、道路運送法の中でどう位置付けるのか。
その流れの中で、現在の福祉有償運送という仕組みがあります。
そして介護の現場には、もう一つ混同されやすい制度があります。
いわゆる「ぶら下がり許可」です。
一定の要件を満たした訪問介護事業所などでは、道路運送法第78条第3号の許可を受けることにより、訪問介護員等が自己の使用権限のある自家用車、つまり白ナンバーの車を使って要介護者等を有償で運送できる場合があります。
ここだけを見ると、
「許可を取っているのだから、その白ナンバー車で自費の送迎もできるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、そういう許可ではありません。
この許可で認められる運送には範囲があります。
ケアマネジャーが作成するケアプランや、市町村による介護給付費等の支給決定の内容に基づき、資格を持った訪問介護員等が訪問介護サービス等と連続して、または一体として行う輸送であることなどが求められます。
つまり、ぶら下がり許可を持っているからといって、その白ナンバー車が一般の介護タクシーと同じように自由に自費の送迎依頼を受けられる車になるわけではありません。
例えば利用者から、
「今日は介護保険を使わなくていいので、完全自費で病院までお願いします」
と言われたときに、
「うちはぶら下がり許可を持っているから、この白ナンバー車で対応できます」
と単純に考えることはできません。
許可された範囲の運送なのかを確認する必要があります。
ここまで読んで、
「分かりづらいな」
と思った方も多いのではないでしょうか。
実は、この記事を書いている私自身もそう感じています。
私は20年以上、介護タクシーという移動支援の現場で仕事をしてきました。
それでも今回、この記事を書くために道路運送法や国土交通省の資料を改めて確認していると、
「このケースはどこに入るのだろう?」
「この制度とこの制度の境界はどこなのだろう?」
と何度も資料を読み返すことになりました。
そこで一つ、大きな疑問を感じました。
この制度を正しく理解できている人は、実際どれくらいいるのでしょうか。
介護タクシー。
福祉有償運送。
ぶら下がり許可。
完全な無償運送。
実費負担。
そして「社会通念上常識的な範囲の謝礼」。
同じ「人を車で送る」という行為なのに、どの制度を使うかによって、必要な許可や登録、使用できる車両、対象者、受け取ることのできる対価などが違います。
現場で20年以上仕事をしている人間が、資料を何度も確認しながら記事を書いても迷う。
それを一般の利用者や、これから移動支援を始めようとしている人に、
「制度を正しく理解してください」
と言うだけでいいのでしょうか。
私は今回この記事を書きながら、違反する人を取り締まることだけではなく、
そもそも間違えにくい制度にすることも必要なのではないか
と感じました。
例えば、悪意がなくても、
「福祉のためだから大丈夫だと思っていた」
「ぶら下がり許可があるから、自費の送迎にも使えると思っていた」
「料金ではなく、お気持ちだから問題ないと思っていた」
ということは起こり得ると思います。
一方で介護タクシー事業者側も、
「白ナンバーでお金を受け取っているから全部違法だ」
と誤解してしまう可能性があります。
どちらも制度を正しく理解できていなければ起こることです。
だから私は、この記事を誰かを批判するために書いているわけではありません。
むしろ問いたいのは、
「これだけ複雑な制度のままで、本当にいいのでしょうか?」
ということです。
これから高齢化が進み、移動支援を必要とする人はさらに増えていくでしょう。
介護タクシーだけですべての移動を担うこともできません。
福祉有償運送、訪問介護事業者、地域の助け合いなど、さまざまな人たちがそれぞれの役割で移動を支える必要があります。
だからこそ、
「この運送なら、この制度」
「ここまではできる」
「ここから先は、この許可や登録が必要」
ということが、現場の人にも利用者にも分かる制度にしてほしいと思います。
実際、「社会通念上常識的な範囲の謝礼」については国会でも、その基準の分かりづらさが取り上げられています。
制度を作る側でも議論されている問題なのです。
私は、こうした現場の声を集めていくことも必要だと思っています。
介護タクシー事業者。
福祉有償運送に携わる方。
訪問介護事業者。
ケアマネジャー。
医療・福祉関係者。
行政の方。
そして実際に移動支援を利用している方やご家族。
それぞれの立場から見えている問題は違うはずです。
その声を集め、必要であれば国土交通省や政治家の方にも届けていく。
単に規制を厳しくしてほしいということではありません。
移動に困っている人を支える仕組みは必要です。
同時に、正式に許可や登録を受け、ルールを守っている事業者が不公平を感じる制度であってもいけないと思います。
利用者が安心して使える。
支える側も安心して活動できる。
そして真面目にルールを守っている事業者も報われる。
そんな制度にするためにも、まず現場から議論を始める必要があるのではないでしょうか。
この記事を書いている私自身でさえ、何度も資料を確認しなければ整理できませんでした。
だから最後に、皆さんに聞いてみたいと思います。
皆さんは、この制度を正しく説明できますか?
そして、
今の制度は、本当に現場にとって分かりやすい制度になっていると思いますか?
「ここが分かりづらい」
「このルールは変えた方がいい」
「いや、このルールにはこういう理由がある」
ぜひ皆さんの意見を聞かせてください。
今回の記事が、これからの移動支援の制度を考える一つのきっかけになればと思います。
※本記事は、道路運送法および国土交通省の関連ガイドライン等をもとに、移動支援事業者向けに制度の考え方を整理したものです。個別の運送が許可・登録を必要とするかどうかは、具体的な運送形態、対象者、金銭授受、許可・登録内容等によって異なります。実際の事業運営について判断に迷う場合は、管轄の運輸支局等へ確認してください。

