介護タクシーは、一人でも始められる仕事です。車両を用意し、必要な許可や資格を整え、自分で電話を取り、自分で運転し、自分で介助する。営業も請求も車両管理も、自分一人でやろうと思えばできます。小さく始められ、自分の判断ですぐに動けることは、この仕事の大きな魅力だと思います。
しかし、一人で始められることと、一人で事業を続けていけることは少し違います。
私自身、介護タクシーを始めて22年になります。今では社員と一緒に事業をしていますが、最初から仕事があったわけでも、最初から介護タクシーだけで生活できたわけでもありません。むしろ振り返ってみると、介護タクシーの技術以上に「一人で経営を背負うこと」の難しさを経験してきた22年だったように思います。
私も2年間、アルバイトをしながら介護タクシーを続けました
開業した当初、昼間は介護タクシーの仕事をし、予約が入っていない時間には挨拶回りをしていました。そして夕方になると倉庫へ向かい、18時から23時までアルバイトをする。そんな生活を約2年間続けました。
私には家族がいました。起業したからといって、家賃や生活費が待ってくれるわけではありません。自分一人であれば「いつか成功するまで頑張ろう」と言えたかもしれませんが、家族を抱えて起業する以上、挑戦することと生活を守ることを同時にやらなければなりません。
もちろん、私も最初から「アルバイトをしながら続けよう」と割り切れていたわけではありません。介護タクシーで十分に稼げないのであれば、別の収入源をつくればいいのではないかと考えました。ネットビジネスをやろうか、何か副業を始めようかと、いろいろ考えた時期があります。
しかし、そこで当たり前のことに気づきました。
新しいビジネスを始めるということは、そこでもまたゼロから始めるということです。ネットビジネスであっても、副業であっても、始めた瞬間から稼げるわけではありません。知識を身につけ、やり方を覚え、試行錯誤を重ね、最初の売上をつくる。何を始めたとしても、0から1を達成するまでには必ず「稼げない時間」があります。
介護タクシーという本業ですら、まだ十分に稼げていない。その状態で、経験のない別のビジネスを始めたからといって、簡単に稼げるわけがない。
今考えれば当たり前のことですが、当時の私はそこになかなか気づけませんでした。収入への不安があるからこそ、「別のことを始めれば何とかなるのではないか」と考えていたのだと思います。
そこで私は、新しい事業をつくることをやめました。必要だったのは、もう一つ0から1をつくることではありませんでした。生活に必要な収入は、確実に給与を得られる仕事で確保する。そして残った時間と力を、介護タクシーの0から1をつくることに集中する。
だったら、バイトをするしかない。
それが私の出した答えでした。
アルバイトをすることは、起業の失敗ではありません。私にとっては、介護タクシーをやめないための手段でした。昼間は介護タクシーの仕事が入れば走り、仕事がなければ挨拶回りをする。夕方から23時までは倉庫で働き、生活に必要な収入を確保する。そして翌日になれば、また介護タクシーと営業に戻る。その生活を繰り返しながら、一件、また一件と自分たちのことを知っていただきました。
派手な方法ではありません。でも、それが私のスタートでした。
仕事がない時間は、決して楽ではありません
一人で事業を始めて分かったことがあります。それは、忙しいことだけが経営者にとって大変なのではないということです。
開業したばかりの頃は、予約表にたくさん空きがあります。朝から仕事が入っていない日もありますし、電話がなかなか鳴らないこともあります。時間だけを見れば自由なのですが、気持ちは決して自由ではありません。
「今月はいくら売上が立つだろう」「来月は大丈夫だろうか」「このまま家族を守れるだろうか」「そもそも自分のやり方は合っているのだろうか」。仕事がない時間ほど、いろいろなことを考えてしまいます。
会社員であれば、仕事が少ない日があっても基本的には給与があります。しかし経営者にとって、予約が入っていない時間は売上が立たない時間でもあります。空き時間が増えれば増えるほど、将来への不安も大きくなっていきます。
忙しいときは身体がつらく、暇なときは精神的につらい。
一人社長には、そんな時期があります。
だから私は、仕事がない時間をただ待つ時間にはしませんでした。電話が鳴らないのであれば、自分から知ってもらいに行く。仕事が入れば走り、入っていなければ挨拶回りをする。その積み重ねを続けました。
稼げていないなら「やるのか、やらないのか」を決める
もし今、介護タクシーを開業したものの、思うように稼げていないのであれば、一度自分自身に問いかけてみてほしいと思います。
「この事業を本当にやるのか。それとも、やらないのか。」
やると決めたのであれば、最初から介護タクシー一本で生活することにこだわらなくてもいいと思います。生活費が足りないのであればアルバイトをしてもいい。家族を守るために働くことは、決して格好の悪いことではありません。
ただし、アルバイトを始めたことで安心して、本業を育てるための行動まで止めてしまったら意味がありません。生活を守るための仕事は仕事としてやる。そのうえで、本業を育てるための時間を確保する。仕事がなければ営業する。知ってもらう。改善する。また動く。それを繰り返す。
反対に、そこまでしてこの事業を続けたいと思えないのであれば、やらないという判断もあると思います。
一番苦しいのは、やるとも決めず、やめるとも決めず、「いつか仕事が増えるかもしれない」と待ち続けることです。
私は介護タクシーをやると決めました。だから生活を守るためにアルバイトをしながら、本業を育てることに時間を使いました。
アルバイトをすることが目的だったのではありません。介護タクシーを続けるために、アルバイトを選んだのです。
0から1になるまでには、どうしても稼げない時間があります。その時間をどう乗り越えるのかも、起業の一部だと思っています。
一人社長には、答え合わせをする相手が少ない
事業を続けていくうえでもう一つ難しいのが、自分の判断について相談したり、答え合わせをしたりする相手が少ないことです。
料金設定はこれでいいのか、この依頼は受けるべきなのか、営業はどうすればいいのか、この対応でよかったのか、車両を増やすべきなのか、売上が落ちたときには何をすればいいのか。介護タクシーを経営していると、大小さまざまな判断を毎日のように求められます。
一人社長の場合、相談する人も、決める人も、結果に責任を持つ人も自分です。相談する相手がいなければ、自分の中だけで考え続けることになります。
だからこそ、同じ仕事をしている人と話せる環境には大きな価値があります。「最近どうですか」「うちも今月は少ないですよ」「自分はこういう営業をしています」「そのケースなら、こういう方法もありますよ」。そんな何気ない会話から、自分だけではないと分かることがありますし、自分では気づかなかった改善点が見つかることもあります。
仕事を紹介してもらわなくてもいい。すぐに売上につながらなくてもいい。困ったときに相談できる人がいるということ自体が、一人社長にとって大きな経営資源になると私は考えています。
仕事が増えれば、今度は一人ではできないことが増えていく
事業を続け、少しずつ仕事が増えてくると、今度は反対の問題が起こります。「仕事がない」ではなく、「仕事はあるのに受けられない」という問題です。
すでに別の予約が入っている、階段介助で複数名が必要になる、遠方のため対応できない、ストレッチャー対応の車両が必要になる、専門職の付き添いが必要になる、車両が故障する、急な依頼が重なる。介護タクシーの仕事を続けていれば、一社だけでは対応できない場面が必ず出てきます。
そこで必要になるのが、事業者同士のつながりです。
同じ地域の介護タクシー事業者を「仕事を取り合う競合」と見ることもできます。しかし、自分がすでに予約で埋まっている時間に入った依頼は、自分では対応できない仕事です。それなら、対応できる事業者につなぐことで利用者の移動を守ることができます。反対に、その事業者が対応できないときには、自分に相談が来るかもしれません。
一社ですべての仕事を抱えようとするのではなく、**地域全体で移動を支える。**そう考えることで、同業者との関係も変わってくると思います。
事業者同士が協力できるのは、案件の紹介だけではありません。階段介助の応援、複数名での介助、車両故障時の相談、車いすやストレッチャーなどの機材、遠方搬送、専門職との連携、制度や運用についての情報交換、事故やヒヤリハットの共有など、一人では難しいことでも、事業者同士がつながることで解決できることがあります。
ただし、仕事が発生したときだけ連絡を取り合えばいいわけではありません。普段から顔を合わせ、それぞれがどんな仕事をしているのか、どんな車両や機材を持っているのか、何を得意としているのか、どんな考え方で仕事をしているのかを知っておくことが大切です。
連携を支えるのは、仕組みだけではありません。その土台にあるのは、人と人との信頼関係です。
起業して22年。今は社員と、その家族を支える立場になりました
昼間は介護タクシーと挨拶回りをして、夜は倉庫でアルバイトをする。そんなところから始まった事業も、22年が経ちました。
今は、自分の家族だけではありません。会社には一緒に働いてくれている社員がいて、その社員にも家族がいます。会社を経営するということは、その人たちの生活にも責任を持つことだと考えています。
22年前とは背負っているものが変わりました。それでも「事業を続けなければならない」という気持ちは変わりません。むしろ、自分だけの生活を考えていた頃より、その責任は大きくなっています。
そして22年間この仕事を続けてきたからこそ、今はこれから介護タクシーを開業する人、そしてすでに開業してしまった人のことを考えるようになりました。
開業するまでは、資格、許可、車両など、やらなければならないことが比較的はっきりしています。しかし、本当に大変なのは開業してからです。どうやって仕事をつくるのか、どうやって生活を守るのか、営業はどうするのか、料金はどうするのか、難しい依頼にはどう対応するのか、売上が少ない月をどう乗り越えるのか。そして何より、「このまま続けて大丈夫なのか」という不安と向き合わなければなりません。
私自身がその道を通ってきたからこそ、これから開業する人、そして開業して一人で悩んでいる人の支えになれることがあるのではないかと思っています。
22年前の自分が欲しかった場所を、今つくりたい
私が移動サポートネットワーク(ISN)の活動をしている理由の一つが、ここにあります。
単に仕事を紹介し合うネットワークをつくりたいわけではありません。これから開業する人には、できるだけ遠回りをしなくて済むように。すでに開業した人には、一人で悩み続けなくて済むように。仕事が重なったときには助け合い、分からないことがあれば相談し、仕事が少なくて不安なときには同じ仕事をしている仲間と話すことができる。そんな環境をつくりたいと思っています。
経験のある事業者が、これから始める人に経験を渡す。そして支えてもらった人が事業を続け、いつか次の誰かを支える側になる。そんな循環ができれば、一人で開業した事業者であっても、孤立せずに事業を続けていくことができます。
考えてみれば、22年前の自分が欲しかった場所を、今の自分がつくろうとしているのかもしれません。
私は今でも経営の途中です。今は社員と、その家族の生活を支える責任があります。だからこそ、事業を続けることの難しさも、その大切さも、これから開業する人たちに伝えていきたいと思っています。
一人で開業することはできます。しかし、一人で戦い続ける必要はありません。
移動サポートネットワークが、これから開業する人、すでに開業して頑張っている人、そしてこの仕事を長く続けたい人にとっての**「一人社長の支え」**になれるように、私が22年間で経験してきたことを、これからの事業者へ渡していきたいと思っています。
事業者同士が支え合い、それぞれの事業が長く続いていく。そのことが、地域で移動に困っている方を支える力になっていく。
すべての方が移動で困らない社会の実現へ。
それが、私たち移動サポートネットワークが目指しているところです。

