介護タクシーを始めたばかりの頃は、当然ですが自分が一番働きます。
電話に出て、予約を取って、車を運転して、利用者さんを介助して、病院へ送り、帰ってきたら翌日の予定を確認する。空いた時間には営業へ行き、車を洗い、請求書を作り、売上を確認する。
私自身、2004年に介護タクシーを始めてから、長い間これを当たり前のようにやってきました。
むしろ、「社長なんだから誰よりも働くのは当然だ」と思っていました。
実際、創業期はそれでいいと思います。仕事が少ない時期から人をたくさん雇うことはできませんし、まず自分自身が現場を知らなければ、人に教えることもできません。
介護タクシーの場合は特にそうです。
車を運転できれば仕事になるわけではありません。車いすの扱い、階段介助、病院での動き方、ご家族への声のかけ方、ケアマネジャーや医療ソーシャルワーカーとの連携、時間の読み方、急な予定変更への対応など、実際に現場へ出なければ分からないことがたくさんあります。
だから私は、「経営者は現場に出るべきではない」と言いたいわけではありません。
問題は、その状態がずっと続くことです。
売上が増えて、車が増えて、従業員が増えているのに、社長だけは創業した頃と同じ仕事をしている。
朝から運転して、電話が鳴れば自分が出て、予約が入れば自分で調整して、誰かが休めば自分が穴を埋める。
そして一日の仕事が終わってから、ようやく「社長の仕事」を始める。
私自身も、長い間この状態でした。
ここに経営者が気づきにくい落とし穴があります。
なぜなら、ものすごく働いているからです。
朝から晩まで仕事をしている。誰よりも会社のことを考えている。現場で売上も作っている。従業員が困れば助けている。
だから、「自分は経営者として頑張っている」と感じます。
もちろん、頑張っていること自体は間違いありません。
ただ、「頑張っていること」と「会社を成長させる仕事をしていること」は、必ずしも同じではありません。
ここを分けて考える必要があります。
たとえば、今日私が介護タクシーを運転すれば、その日の売上を作ることができます。
しかし、その時間に新しい営業先を10件訪問していたらどうでしょうか。
採用の仕組みを作っていたらどうでしょうか。
新人が一人でも早く独り立ちできる教育方法を作っていたらどうでしょうか。
予約や配車の仕組みを見直していたらどうでしょうか。
ケアマネジャーや病院、施設との新しい関係を作っていたらどうでしょうか。
一回の運行で生まれる売上と、これらの仕事から将来生まれる売上は、性質がまったく違います。
ところが、目の前に予約が入っていると、どうしても運行を優先してしまいます。
「自分が行けば売上になる」
「自分がやった方が早い」
「従業員に任せるより自分でやった方が安心」
この感覚は、私にもよく分かります。
おそらく小さな会社の経営者ほど、この感覚を持っているのではないでしょうか。
でも、「自分がやった方が早い」を繰り返していると、いつまでたっても自分しかできない会社になります。
そして、自分しかできない会社になればなるほど、自分が現場から抜けられなくなります。
これは少し厳しい言い方をすると、会社が社長の能力を超えられない状態です。
社長が一日にできる運行には限界があります。電話に出られる回数にも限界があります。営業へ行ける件数にも限界があります。
社長一人の24時間を使って事業を作っている限り、どこかで必ず上限が来ます。
では、社長は何をするべきなのでしょうか。
私は、「緊急ではないけれど、重要な仕事」に時間を使うことだと考えています。
採用すること。
人を育てること。
営業すること。
数字を見ること。
新しいサービスを考えること。
業務を仕組みにすること。
地域との関係を作ること。
他の事業者や医療・介護職と連携すること。
会社が半年後、一年後、三年後にどうなっていたいのかを考えること。
これらの仕事には共通点があります。
今日やらなくても、明日すぐには困らないことです。
今日営業へ行かなかったからといって、明日会社がなくなるわけではありません。
今日採用について考えなかったからといって、明日の運行が止まるわけでもありません。
だから後回しになります。
一方で、「明日の運転手が足りない」「今電話が鳴っている」「この予約を誰が走るのか」という仕事は緊急です。
人間はどうしても、重要なことより緊急なことを先に処理します。
その結果、一年間ずっと忙しかったのに、振り返ってみると会社の仕組みは一年前とほとんど変わっていない、ということが起こります。
私自身、20年以上介護タクシーの仕事をしてきて、ようやくこのことを強く意識するようになりました。
現場を知っていることは、私の強みです。
利用者さんを乗せ、病院へ行き、ご家族と話し、現場で起きる問題を経験してきたからこそ、今考えられることがあります。
だから、現場経験を捨てる必要はありません。
むしろ大切なのは、その経験を「自分だけの技術」で終わらせないことだと思います。
自分が20年かけて覚えたことを、次の人が20年かけなければ覚えられない会社では、組織はなかなか大きくなりません。
経験を言葉にする。
ルールにする。
マニュアルにする。
教育する。
そして任せる。
失敗したら修正する。
この繰り返しによって、初めて「自分ができる会社」から「組織でできる会社」に変わっていくのだと思います。
介護タクシーは、一人でも始められる仕事です。
これは大きな魅力です。
しかし、一人で始められることと、一人でやり続けなければならないことは別です。
一台で、自分の目が届く範囲で、自分自身が現場に出続ける働き方を望むのであれば、それも一つの立派な経営の形だと思います。
一方で、車両を増やしたい、人を雇いたい、地域でもっと多くの移動困難者を支えたい、売上をさらに伸ばしたいと考えるのであれば、どこかで経営者自身の役割を変える必要があります。
私も今、その転換点にいます。
長く握ってきたハンドルから離れることは、簡単なことではありません。
現場に出れば「仕事をした」という実感があります。
一日中、営業や採用、教育、仕組み作りについて考えていると、「今日は売上を作っていない」と感じる日もあると思います。
それでも、その仕事を誰かがやらなければ会社の未来は作れません。
そして、その仕事こそ社長にしかできない仕事なのだと思います。
もし今、毎日予約でいっぱいで、朝から晩まで走り続けている事業者の方がいたら、一度だけ考えてみてください。
「今日、自分がやっている仕事の中で、本当に自分にしかできない仕事はいくつあるだろう?」
そしてもう一つ。
「今日の売上を作る仕事と、来年の売上を作る仕事に、それぞれ何時間使っているだろう?」
社長が一番働くことが悪いのではありません。
社長が一番忙しくなければ回らない会社のままでいることを、どこかで変えていく必要があるのだと思います。
介護タクシーという仕事は、人を運ぶ仕事です。
しかし、事業を大きくしていく段階では、経営者の仕事も少しずつ変わります。
自分が走ることから、人が走れる環境を作ることへ。
自分が対応することから、誰が対応しても一定のサービスを提供できる仕組みを作ることへ。
今日の予約を埋めることから、半年後、一年後の会社を作ることへ。
もしかすると、会社が次の段階へ進むために最初に変えなければならないのは、従業員でも、車両でも、売上でもないのかもしれません。
最初に変わらなければならないのは、社長自身の仕事なのだと思います。

