介護タクシーを開業すると、「まずは病院や居宅介護支援事業所、施設へパンフレットを持って挨拶回りをしよう」と考える方は多いと思います。もちろん、それも一つの営業方法ですし、現在の私たちも会社の規模が大きくなり、従業員が20名ほどになったことで、挨拶回りを含めた営業活動を行っています。
ただ、私自身が介護タクシーを長く続けてきた中で、一番大切にしてきた営業の考え方は少し違います。
それは、**「最高の対応が、最高の営業になる」**ということです。
どれだけ多くのパンフレットを配っても、実際に利用していただいたときの対応が悪ければ、次の依頼にはつながりません。反対に、一件のお客様に「ここにお願いして良かった」と思っていただくことができれば、そこから次のご縁が生まれることがあります。
介護タクシーは、特に口コミが広がりやすい仕事だと私は考えています。
一人の利用者さんの周りには、ご家族がいます。ケアマネジャーがいます。ヘルパー、訪問看護師、病院の看護師、医療ソーシャルワーカー、施設職員など、たくさんの人が関わっています。
私たちは一人のお客様をお乗せしているように見えますが、実際には、その一件の仕事をさまざまな人が見ています。時間通りに来たか、電話対応は丁寧だったか、利用者さんへの声かけはどうだったか、車椅子を安全に扱っていたか、ご家族への説明は分かりやすかったか、困ったことが起きたときにどのような対応をしたか。そうした一つひとつが、その会社の評価になっていきます。
だから私は、営業を考える前に、まず目の前のお客様にどう向き合うかを大切にしてきました。
その中で、私が特に意識してきたのが、「できません」から入らないことです。
お客様から何かちょっとしたお願いをされたとき、できることであれば積極的に「はい、喜んで」という姿勢で対応するようにしてきました。
この考え方は、ジム・キャリー主演の映画『イエスマン “YES”は人生のパスワード』を観たことがきっかけでした。
映画を観たとき、私は単純に**「本当にそうだよな」**と思いました。
一般的に「イエスマン」という言葉は、あまり良い意味では使われないことがあります。何でも言うことを聞く人、自分の意見がない人、上司に逆らわない人というように、否定的に捉えられることもあります。
でも私は、少し違う見方をしました。
会社の上司から見ても、お客様から見ても、「まずやってみます」「はい、喜んで」と言ってくれる人は、実はとても貴重な存在なのではないかと思ったのです。
そして何より、自分がお客様の立場だったらどうだろうと考えました。
何かをお願いするたびに「それはできません」「それは難しいです」と言われる人と、「はい、大丈夫ですよ」「やってみましょう」と気持ちよく応えてくれる人がいたら、私は後者の人にまた頼みたい。
これは理屈というより、映画を観たときに直感的に感じたことでした。
だったら、自分がお客様からそう思ってもらえる人になればいい。
そこから、私の中で「はい、喜んで」という姿勢を意識するようになりました。
もちろん、介護タクシーですから何でも「イエス」と言えばいいわけではありません。安全上できないこともありますし、法律上できないこともあります。人員や設備の問題で対応できないこともあります。危険なことまで無理に引き受けるという意味ではありません。
私が大切にしているのは、お客様からお願いされたときの最初の姿勢です。
「それはできません」「それはうちの仕事ではありません」と最初から壁をつくるのではなく、できることなら「はい、大丈夫ですよ」「もちろんです」と気持ちよく応える。
その根底にあるのは、**「頼っていただき、ありがとうございます」**という気持ちです。
介護タクシーを利用する方の中には、人にお願いすること自体に遠慮を感じている方もいます。「こんなことまで頼んでいいのかな」「迷惑じゃないかな」と思いながらお願いしていることもあります。
そんなとき、こちらが嫌そうな顔をしてしまえば、たとえ最終的には対応したとしても、お客様には「悪いことをお願いしてしまった」という気持ちが残ってしまいます。
反対に、「はい、喜んで」という気持ちで対応すれば、「この人には頼っても大丈夫なんだ」という安心につながります。
人によっては、それをパフォーマンスだと感じるかもしれません。しかし私は、ある意味ではパフォーマンスでもいいと思っています。私たちはプロとしてサービスを提供しています。疲れている日もありますし、忙しい日もあります。それでも、お客様からお願いされたときに面倒そうな顔をするのか、笑顔で「大丈夫ですよ」と答えるのか。同じことをやったとしても、お客様が受け取るサービスの印象はまったく違います。
そして実際に、こうした対応をするとお客様は喜んでくださいます。
もちろん、どうしてもできないことについては、きちんとお断りします。ただ、「できません」で終わらせるのではなく、「その方法では安全上難しいですが、こういう方法ならできます」「一人では難しいですが、二名体制なら対応できます」というように、できる方法を一緒に考える。
私はそれも「イエス」の姿勢だと思っています。
良いサービスの後に、口コミが広がる仕組みをつくる
ただし、良いサービスをしていれば、自動的に口コミがどんどん広がるわけではありません。
お客様が「良かった」と思ってくださっても、誰かに伝えるきっかけがなければ、そこで終わることもあります。
そこで私は、口コミを次につなげるための小さな仕組みをつくりました。
使ったのは、高価な広告でも特別な販促物でもありません。
ポケットティッシュです。
会社の連絡先などを入れたポケットティッシュを用意して、良いサービスを提供した後、お客様に2〜3個お渡しするようにしました。
そのときの考え方も、「誰か紹介してください」ではありません。
「お困りの方がいらっしゃったら、こちらを渡してください」
というものです。
また、車内にも自由に持っていけるようにポケットティッシュを置いていました。
この仕組みの着想を得たのは、映画『ペイ・フォワード』です。
誰かから受け取った善意を、その人に返すのではなく、別の誰かへ渡していく。その考え方を介護タクシーでもできないだろうかと思ったのが始まりでした。
自分たちの介護タクシーを利用して、「良くしてもらった」「頼んで良かった」と感じてくださった方がいる。その方の周りに、同じように移動で困っている人がいたとき、「こういうところがあるよ」とポケットティッシュを渡してもらう。
実際に続けていくと、そこからご縁が広がっていきました。
お客様からご家族へ、ご家族から担当者へ、担当者からまた別の利用者さんへ。まさに善意の輪が少しずつ広がっていくような感覚でした。
ここで重要なのは、ポケットティッシュを配ったから仕事が増えた、という単純な話ではありません。
先に良いサービスがあることが大前提です。
対応に不満を持ったお客様に何個ティッシュを渡しても、誰かに紹介しようとは思ってもらえません。
「この人にお願いして良かった」という気持ちが先にあって、その気持ちを次の人へ伝えるための道具としてポケットティッシュがある。
私はこの順番をとても大切にしてきました。
そのため、私はパンフレットを大量に配るような営業をほとんどしてきませんでした。現在でもパンフレットを置いているのは、基本的に声をかけていただいた施設などです。
パンフレット営業を否定しているわけではありません。それぞれの事業者に合った営業方法があります。ただ私は、知らない人に何百枚もパンフレットを配るよりも、実際に自分たちのサービスを経験してくださった方から、「あそこ良かったよ」と伝えてもらうことに大きな価値を感じてきました。
介護タクシーは、大切な家族の移動を任せる仕事です。
だからこそ、「パンフレットを見ました」というお問い合わせと、「知り合いから良かったと聞きました」というお問い合わせでは、スタート地点の信頼感が違うことがあります。
広告では自分たちで「私たちは良い会社です」と伝えます。しかし口コミでは、実際にサービスを経験した第三者が「良かった」と伝えてくれます。
この違いは大きいと思います。
会社が大きくなっても、一件を大切にする
現在、私たちの会社には20名ほどの従業員がいます。
一人で介護タクシーをやっていた頃とは会社の状況も変わり、今では挨拶回りなども行っています。会社として仕事を増やしていくためには、営業活動も必要です。
しかし、そこで絶対に忘れてはいけないと思っていることがあります。
営業によって仕事を増やすことと、サービスの質を担保することはセットだということです。
一人で仕事をしていた頃は、自分のサービスの質がそのまま会社のサービスの質でした。しかし20名になれば違います。電話を受ける人、配車をする人、現場へ行く人、それぞれの対応がお客様から見ればすべて同じ会社のサービスです。
社長だけが「はい、喜んで」と言っていても、別のスタッフが「それはできません」と面倒そうに答えてしまえば、お客様から見た会社の印象はそちらになります。
だから、組織が大きくなるほど、営業を増やすだけではなく、サービスの考え方を社内で共有し、一定の質を保つ取り組みが必要になります。
口コミは良いことだけを広げてくれる仕組みではありません。サービスの質が落ちれば、その評価もまた人から人へ伝わります。
だからこそ、営業を強くするなら、同時にサービスも強くしなければならないのです。
私が考える口コミ営業は、決して難しいマーケティング手法ではありません。
目の前のお客様に最高の対応をする。
ちょっとしたお願いをされたら、「頼っていただきありがとうございます」という気持ちで、「はい、喜んで」と応える。できないことであれば、ただ断るのではなく、どうすればできるのかを考える。
そしてサービスが終わったときに、「お困りの方がいらっしゃったら、こちらを渡してください」と、次の人につなげられる小さなツールを渡しておく。
お客様からご家族へ。ご家族から担当者へ。担当者から別の利用者さんへ。
一件の仕事から生まれた信頼が、次の誰かにつながっていく。
これが、私が長く介護タクシーを続ける中で実践してきた口コミの考え方です。
営業というと、どうしても「どうやって仕事を取るか」を考えてしまいます。
しかし、その前に考えてほしいことがあります。
「今日のお客様は、自分たちのことを誰かに教えたくなるくらい喜んでくださっただろうか」
営業先を一件増やすことも大切です。パンフレットを配ることも、SNSを発信することも大切です。
でも、そのすべての土台にあるのはサービスです。
最高のサービスをする。その喜びを次の人へ渡せる仕組みをつくる。そして、紹介された次のお客様にもまた最高のサービスをする。
その循環が続けば、一件の仕事は一件で終わりません。
最高の対応が、最高の営業になる。
私は今でも、この考え方を大切にしています。

