運輸局の監査はどんなときに入る?
介護タクシーを開業すると、車を運転して利用者を安全に目的地までお送りすることに意識が向きがちです。
しかし、一般乗用旅客自動車運送事業として営業する以上、安全運行と同じくらい重要なのが、日々の運行や運転者管理を記録として残しておくことです。
点呼をした。
運転者への安全教育をした。
車両を点検した。
健康診断を受けてもらった。
事故があったので原因を検証した。
これらは、実際に行っているだけではなく、必要な事項を記録し、定められた期間保存しておく必要があります。
そして、その記録が適切に作成・保存されているかを確認する機会の一つが、国土交通省・運輸局による監査です。
「事故を起こさなければ監査は来ない」と考えている方もいるかもしれませんが、実際には新規許可、事業拡大、行政機関からの情報、長期間監査を受けていない場合など、さまざまな事情が監査につながります。
この記事では、介護タクシー事業者が日頃から管理しておきたい主な書類と保存年数、そしてどのような場合に監査が行われるのかを整理します。
書類を残す理由は「監査対策」だけではない
運送事業では、事業者が安全管理をどのように行っていたかを後から確認できることが重要です。
たとえば事故が発生したとき、
「その日の運転者の体調はどうだったのか」
「乗務前の点呼は行われていたのか」
「どのくらいの時間乗務していたのか」
「日頃から安全教育を行っていたのか」
といったことを、記憶だけに頼って確認することはできません。
そのため、点呼、乗務、運転者教育、車両管理などについて記録を残しておきます。
これは監査で見せるためだけの書類ではありません。
日々の記録を振り返ることで、長時間労働や体調不良、事故につながりそうな運転傾向などを早い段階で把握できるため、書類管理そのものが安全管理の一部と考えた方がよいでしょう。
介護タクシー事業者が管理しておきたい主な書類と保存年数
点呼記録|1年間
介護タクシー事業者は、原則として乗務前・乗務後などに必要な点呼を行い、その内容を記録します。
点呼では、単に「今日もお願いします」と声をかければよいわけではありません。
運転者の疾病や疲労、睡眠不足など安全運転に支障を及ぼすおそれがないか、酒気帯びがないか、車両の日常点検が行われているかなどを確認し、必要な指示を行います。
そして、誰が誰に対して、いつ、どのような方法で点呼を行い、どのような確認や指示をしたのかを記録します。
一般貸切旅客自動車運送事業を除く旅客自動車運送事業では、点呼記録は原則として1年間保存します。
毎日発生する記録ですから、月ごと、運転者ごとなど、自社で確認しやすい方法を決めておくことが重要です。
業務記録・乗務記録|1年間
運転者が事業用自動車の運行業務に従事した場合には、その業務内容について記録を残します。
一般に「乗務記録」と呼ばれることもありますが、現在の旅客自動車運送事業運輸規則では「業務記録」とされています。
運転者、使用した車両、乗務開始・終了、走行距離、休憩等、実際にどのような勤務・運行を行ったのかを確認するための重要な資料です。
一般乗用旅客自動車運送事業では、業務記録は原則として1年間保存します。
ここは古い資料や他業種の資料と混同しやすい部分です。
2024年4月から一般貸切旅客自動車運送事業者については保存期間が3年間へ延長されましたが、この改正を介護タクシーにもそのまま当てはめないよう注意してください。
事故記録|3年間
事業用自動車に係る事故が発生した場合には、事故の内容を記録し、営業所で保存します。
記録するのは、事故日時や場所だけではありません。
運転者、車両、相手方、事故の概要、損害の程度、事故原因、そして再発防止策まで残します。
事故記録の保存期間は3年間です。国土交通省の運輸規則では、事故が発生した場合にこれらを記録し、営業所で3年間保存することが定められています。
事故記録で重要なのは、「ぶつけたので修理しました」で終わらせないことです。
なぜその事故が起きたのか。
確認不足だったのか。
車両の死角が関係していたのか。
時間に追われていたのか。
同じ場所・同じ状況で再び事故を起こさないためには何を変えるのか。
ここまで残すことで、事故記録が実際の再発防止につながります。
乗務員台帳|在籍中は備え付け、運転者でなくなってから3年間
運転者ごとに作成する乗務員台帳も重要です。
氏名、生年月日、住所、運転免許に関する事項、運転者として選任された年月日、事故・違反、健康状態、適性診断など、運転者を適切に管理するための情報を記載します。
運転者が在籍している間は、当然ながら継続して管理します。
退職や異動などによってその営業所の運転者ではなくなった場合も、すぐ廃棄してはいけません。
運転者でなくなった後も3年間保存する必要があります。国土交通省の運輸規則の解釈・運用でも、この保存期間が示されています。
そのため、現役ドライバーと退職者の台帳を分けて管理し、「いつ運転者でなくなったか」が分かるようにしておくと管理しやすくなります。
運転者への指導・監督記録|3年間
旅客自動車運送事業者には、運転者に対して継続的かつ計画的な指導・監督を行うことが求められています。
これは「年に一度、安全運転をしてくださいと伝える」というものではありません。
事業用自動車を運転する心構え、安全運行に関する法令、道路・交通状況、危険予測、健康管理など、運転者が安全に旅客を運ぶために必要な内容について、計画的に教育していきます。
介護タクシーであれば、法定の指導項目に加えて、車いすの固定、リフトやスロープの安全な取扱い、利用者の乗降時の安全確認など、自社の実際の運行に合わせた教育を組み込むことも有効です。
国土交通省の指針では、指導・監督を行った日時、場所、内容、指導した者、指導を受けた者などを記録し、その記録を営業所で3年間保存することとされています。
大切なのは「資料を配った」だけで終わらせないことです。
年間計画を立てて教育を実施し、受講者を確認し、内容を記録して保存するところまでを一つの業務として考えます。
健康診断個人票|5年間
運転者を雇用している事業者にとって、健康管理は運行管理と切り離せません。
常時使用する労働者について健康診断を実施した場合、労働安全衛生規則に基づいて健康診断個人票を作成します。
健康診断個人票の保存期間は5年間です。
運転者の場合、健康状態は安全運転に直接影響します。
健康診断を受けてもらうだけではなく、結果を踏まえて安全に乗務できる状態なのかを適切に管理することが重要です。
まず覚えておきたい保存期間
介護タクシー事業者が日常的に扱う代表的なものを整理すると、
点呼記録 1年
業務・乗務記録 1年
事故記録 3年
指導・監督記録 3年
運転者でなくなった者の乗務員台帳 3年
健康診断個人票 5年
というのが一つの目安になります。
ただし、これは代表的な書類を整理したものです。
車両の点検整備関係、労務関係、事故報告、適性診断、許認可・届出関係など、事業者が管理する書類はほかにもあります。
そのため、「全部3年保存しておけばいい」「全部1年でいい」というような一律管理ではなく、書類ごとに保存期間を決めて管理する必要があります。
運輸局の監査はどんなときに入るのか
介護タクシー事業者からよく聞くのが、
「監査は何年に一回来るのですか?」
という質問です。
しかし、監査は単純に「全事業者に3年に一度」「5年に一度」という決まった周期だけで行われるものではありません。
国土交通省は、自動車運送事業者に対する監査方針を定めており、法令違反の疑いがある場合や一定の条件に該当する事業者などを監査対象としています。現在の監査方針は2025年4月施行のものが国土交通省から公表されています。
では、具体的にどのような場面があるのでしょうか。
重大な事故や悪質な違反が発生した場合
死亡事故など重大な事故が発生した場合や、酒気帯び運転、無免許運転、過労運転など、安全確保に重大な問題が疑われる場合には、当然ながら監査につながる可能性が高くなります。
事故そのものだけを見るのではなく、
点呼は行われていたのか。
運転者の勤務や休息は適切だったのか。
健康状態を把握していたのか。
運転者への指導は行われていたのか。
車両管理に問題はなかったのか。
というように、事故の背景にある事業者の管理体制まで確認されることになります。
だからこそ、事故が起きてから書類を用意するのではなく、日々の記録を残しておく必要があります。
利用者などから法令違反を疑わせる情報が寄せられた場合
監査のきっかけは事故だけではありません。
利用者や関係者などから、法令違反を疑わせる具体的な情報が寄せられた場合も、内容によっては監査対象になることがあります。
もちろん、苦情が1件あれば必ず監査が入るという意味ではありません。
しかし、安全管理や運賃、乗務員管理などについて具体的な問題が疑われる情報があれば、行政が確認する端緒になり得ます。
他の行政機関などから情報が入った場合
運輸局だけが事業者を見ているわけではありません。
警察、労働関係機関、道路管理者など、他の行政機関が把握した情報が監査につながる場合もあります。
つまり、
「運輸支局に何も言われていないから大丈夫」
という考え方ではなく、道路運送法、道路交通法、労働関係法令などを含めて適正な事業運営を行う必要があります。
新規に許可を受けた場合
新しく一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受けた事業者についても、監査対象になり得ます。
開業直後は、
点呼簿の書き方が分からない。
乗務員台帳が十分に整っていない。
安全教育をまだ始めていない。
ということが起こりやすい時期でもあります。
しかし、許可を取得して営業を開始した時点から、運送事業者として必要な安全管理は始まっています。
「まだ1台だから」「開業したばかりだから」という理由で後回しにしないことが重要です。
増車や営業区域拡大など、事業規模を拡大した場合
事業計画を変更して営業区域を拡大したり、増車したりした事業者についても、監査方針上、対象として挙げられています。
ただし、直近3年以内に法令違反がない事業者については対象から除外できる扱いがあります。
これは「増車すると監査されるから増車しない方がいい」という意味ではありません。
1台だった事業者が5台、10台と増えていけば、運転者も増え、点呼回数も増え、車両管理や教育も複雑になります。
事業規模が大きくなるのと同時に、管理体制も成長させる必要があるということです。
長期間監査を受けていない場合
「事故もない、苦情もない。だから監査は来ない」とは限りません。
監査方針では、長期間監査を実施していない事業者についても対象として挙げられています。
したがって、監査が来る可能性を予測して書類を整えるのではなく、
いつ確認されても説明できる事業運営を続ける
ことが一番確実です。
監査が来たら何を見られるのか
実際の監査では、事業者の状況に応じて確認内容が変わります。
ただ、基本的な考え方はそれほど複雑ではありません。
運転者を適切に管理しているか。
点呼を行っているか。
無理な勤務をさせていないか。
車両を適切に点検・整備しているか。
事故防止のための教育をしているか。
事故が発生した場合に原因分析や再発防止を行っているか。
許可された内容や認可された運賃等に基づいて事業を行っているか。
そして、それらを記録によって確認できるか。
こうした日常の事業運営が確認されます。
書類の枚数を増やすことが目的なのではありません。
実際の安全管理と記録が一致していることが重要です。
「監査の連絡が来たら整理する」では遅い
監査には営業所などで行う監査、運輸局・運輸支局などで行う監査、街頭での監査などがあります。
監査の種類や事情によって対応は異なるため、「必ず事前連絡が来る」と考えて書類を後回しにするのは危険です。
日常的に、
点呼をする。
記録する。
乗務を記録する。
ドライバーを教育する。
健康状態を管理する。
車両を点検する。
事故やヒヤリハットがあれば振り返る。
という仕組みができていれば、監査のためだけに特別なことをする必要はありません。
小規模な介護タクシー事業者こそ仕組み化しておく
介護タクシーには、1台・1人からスタートする事業者が多くいます。
そのため、
「うちは小さいから、そこまで必要ないのでは」
と思ってしまうことがあります。
しかし、車両が1台でも許可を受けた運送事業者であることに変わりはありません。
そして、2台、3台と増車し、スタッフを雇用し始めると、管理すべき情報は急激に増えていきます。
最初から完璧なシステムを作る必要はありません。
まずは、
運転者関係
乗務員台帳、運転免許、健康診断、適性診断、教育記録。
日々の運行関係
点呼記録、業務記録、日常点検。
車両関係
車検、定期点検、整備記録。
事故・安全関係
事故記録、ヒヤリハット、再発防止。
行政関係
許可・認可・届出、運賃料金関係、各種報告。
というように分類しておくだけでも、大きく管理しやすくなります。
書類を作ることではなく「運用すること」が重要
書類管理について話すと、どうしても「この用紙を作れば監査対策になる」という話になりがちです。
しかし、本質はそこではありません。
点呼簿だけ作って点呼をしていなければ意味がありません。
安全教育の署名だけ集めても、実際に教育をしていなければ意味がありません。
事故記録があっても、同じ事故を繰り返していれば再発防止が機能しているとはいえません。
必要なのは、
実施する
→ 記録する
→ 振り返る
→ 改善する
という流れを日常業務として回すことです。
監査に備えるために会社を整えるのではありません。
普段から適正な事業運営をしていた結果として、監査が入っても説明できる状態を作る。
これが最も健全な考え方ではないでしょうか。
まとめ
介護タクシー事業は、許可を取って車を走らせれば成立する仕事ではありません。
利用者の安全を守るためには、運転者、車両、勤務、健康、教育などを継続的に管理する必要があり、その管理を裏付けるものが日々の記録です。
特に覚えておきたい代表的な保存期間は、
点呼記録・業務記録は1年間、事故記録・指導監督記録・運転者でなくなった者の乗務員台帳は3年間、健康診断個人票は5年間です。
また、監査は重大事故があったときだけに行われるものではありません。
法令違反を疑わせる情報、新規許可、事業規模の拡大、長期間監査を受けていない場合なども監査対象となり得ます。
ですから、
「監査が入ったら書類を整える」のではなく、「普段の業務そのものを監査されても説明できる状態にしておく」
ことが重要です。
介護タクシーは、利用者の生活と命を支える移動サービスです。
安全な運転だけでなく、その安全を支える管理体制まで整えて、初めて安定した事業運営につながります。
ISNでは今後も、介護タクシー・移動支援事業者が現場で迷いやすい法律、行政手続き、運行管理について、実務で使える形に整理して紹介していきます。
参考資料
国土交通省「旅客自動車運送事業運輸規則」
国土交通省「旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について」
国土交通省「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」
国土交通省「自動車運送事業(一般貸切旅客自動車運送事業を除く。)の監査方針について」
厚生労働省「労働安全衛生規則」
※本記事は2026年8月時点で公表されている法令・行政資料をもとに、介護タクシー事業者向けに一般的な制度を整理したものです。事業形態、営業区域、車両数、雇用形態などによって必要な対応が異なる場合があります。個別の申請、届出、運行管理については、管轄の地方運輸局・運輸支局等へご確認ください。

