搬送専門用語の解説

「上り搬送・下り搬送・水平搬送」とは?退院・転院で使われる医療・救急の専門用語を解説

病院から別の病院へ移る「転院」や、病院から自宅・施設へ戻る「退院」の場面では、医療関係者や救急隊、搬送事業者の間で、一般の方には聞き慣れない言葉が使われることがあります。

代表的なものが、次のような表現です。

  • 上り搬送
  • 下り搬送
  • 水平搬送・横搬送
  • 転院搬送
  • 後方搬送
  • 退院搬送

これらは患者様を運ぶ方向や距離ではなく、主に搬送前と搬送後の医療機関の機能や、必要とされる治療の水準を表しています。

この記事では、退院・転院に関係する搬送用語を分かりやすく解説します。


「上り・下り」は坂道や方角のことではありません

上り搬送や下り搬送という言葉を聞くと、地理的に遠い場所へ行くことや、坂を上る・下ることを想像するかもしれません。

しかし、医療・救急の現場では、一般的に次のような意味で使われます。

  • より高度な治療を受けるために移る:上り搬送
  • 急性期治療を終え、回復期・慢性期などの病院へ移る:下り搬送
  • 同程度の医療機能を持つ病院へ移る:水平搬送・横搬送

横浜市救急業務委員会の議事録でも、高度な治療が必要な転院を「上り搬送」、状態が良くなった後の転院を「下り搬送」、病床事情などによる同程度の病院への転院を「水平搬送」と説明しています。

なお、これらは現場で使われる通称であり、すべての医療機関や地域で完全に統一された正式な分類ではありません。施設によって言葉の使い方が多少異なることがあります。


上り搬送とは

上り搬送とは、患者様の状態に応じて、現在いる医療機関より高度な検査・治療ができる医療機関へ搬送することです。

英語の「up transfer」に相当する考え方です。

上り搬送の例

  • 診療所から救急病院へ搬送する
  • 地域の一般病院から救命救急センターへ転院する
  • 専門医がいない病院から、専門治療が可能な病院へ移る
  • 手術や集中治療が必要になり、高次医療機関へ転院する
  • 脳卒中や心疾患など、専門的な治療が可能な病院へ搬送する

つまり、医療機能の段階を一段上がるような搬送です。

「自宅から病院へ行けば、すべて上り搬送」ではない

ここは誤解されやすいところです。

自宅や施設から病院へ向かう搬送を、広い意味で「上り」と表現する現場もありますが、医療・救急用語としての上り搬送は、主により高度な医療機関への転院搬送を指します。

単に自宅から予定された外来受診や入院のために病院へ向かうことは、通常は次のように表現します。

  • 通院搬送
  • 受診搬送
  • 入院搬送
  • 救急搬送

そのため、「病院へ行くこと=必ず上り搬送」とは限りません。


下り搬送とは

下り搬送とは、高度な急性期治療を行う病院から、患者様の状態に合った地域の病院や回復期・慢性期の病院へ移ることです。

下り搬送の例

  • 救命救急センターから地域の一般病院へ転院する
  • 急性期病院から回復期リハビリテーション病院へ移る
  • 急性期治療終了後、療養型病院へ転院する
  • 高度医療を行う病院で初期治療を受けた後、地域の連携病院へ移る
  • 病状が安定し、継続治療やリハビリを行う病院へ転院する

横浜市立市民病院の会議資料でも、入院後に状態が落ち着いた患者を地域の病院へ移すことを「下り搬送」、中小病院で重症化した患者を高度医療機関へ移すことを「上り搬送」と説明しています。

下り搬送は医療の質を下げることではありません

「下り」という言葉から、治療の水準が下がる、十分な治療を受けられなくなると感じる方もいるかもしれません。

しかし、下り搬送は、患者様の状態に合わない病院へ移すことではありません。

急性期病院は、手術や集中治療などを必要とする患者を受け入れる役割があります。一方で、病状が安定した後は、リハビリや療養、在宅復帰支援に適した病院へ移った方が、患者様に必要なケアを受けやすい場合があります。

下り搬送は、医療機関の役割分担と地域連携を進めるための重要な仕組みです。消防庁も、2025年の通知で、下り搬送を中心に病院救急車や患者等搬送事業者を活用する体制整備を求めています。


水平搬送・横搬送とは

水平搬送または横搬送とは、一般的に、同程度の医療機能を持つ医療機関から別の医療機関へ転院することです。

「横持ち搬送」「横向き搬送」などと表現されることもあります。

水平搬送の例

  • 同じ二次救急機能を持つ病院間の転院
  • 満床のため、同程度の治療ができる別の病院へ移る
  • 専門診療科の都合により、同規模の病院へ移る
  • 患者様の住所や家族の事情に合わせ、地域の病院へ転院する
  • 治療水準は同程度だが、継続治療を行いやすい病院へ移る

横浜市救急業務委員会では、満床などの事情により別の医療機関へ移るケースを「水平搬送」と説明しています。

ただし、医療機能が完全に同じ病院は少ないため、上り・下り・水平の境界が明確でないこともあります。


転院搬送とは

転院搬送とは、患者様を一つの医療機関から別の医療機関へ移送することです。

上り搬送、下り搬送、水平搬送は、いずれも転院搬送に含まれます。

転院が行われる主な理由

  • より高度な治療が必要になった
  • 専門医や専門設備が必要になった
  • 急性期治療が終了した
  • リハビリや療養へ移行する
  • 搬送元の病院が満床である
  • 住所地に近い病院へ移る
  • 長期的な治療ができる病院へ移る
  • 精神科など、別の診療科での入院が必要になった

転院は、単にベッドを移すだけではありません。

搬送元と搬送先の医師が、病状、治療内容、搬送中のリスク、受け入れ時刻などを確認したうえで行います。


後方搬送とは

後方搬送は、主に高度急性期病院や救急病院で治療を受けた患者様を、地域の連携病院や回復期・慢性期の医療機関へ移すことを指します。

意味としては下り搬送に近い言葉です。

後方搬送の目的

  • 高度急性期病院の病床を確保する
  • 新たな重症患者を受け入れられる体制をつくる
  • 患者様を状態に合った病院へ移す
  • リハビリや療養を継続する
  • 在宅復帰に向けた支援を行う

「後方」という言葉も、患者様を後回しにするという意味ではありません。

救急医療では、救命や手術を担う病院と、回復・療養を担う病院が役割を分担しています。その流れの中で、次の治療段階へ移ることを後方搬送と呼びます。


退院は「下り搬送」なのか

病院から自宅や介護施設へ戻ることを、会話の中で広く「下り」と表現することはあります。

しかし、厳密には、下り搬送は主に高次医療機関から、より低い医療機能または回復期・慢性期の医療機関への転院を指します。

病院から自宅や施設へ移動する場合は、一般的に次のように呼ぶ方が分かりやすいでしょう。

  • 退院搬送
  • 自宅への退院
  • 施設への退院
  • 退院時移送
  • 在宅復帰

したがって、次のように整理できます。

移動内容一般的な呼び方
診療所・一般病院から高度医療機関へ上り搬送
高度急性期病院から回復期・療養病院へ下り搬送・後方搬送
同程度の医療機関から別の病院へ水平搬送・横搬送
病院から自宅・施設へ退院搬送
自宅・施設から外来受診へ通院搬送・受診搬送
自宅・施設から予定入院へ入院搬送
緊急性のある傷病者を病院へ救急搬送

救急搬送と転院搬送の違い

救急搬送

急病や事故などにより、緊急に医療機関へ搬送することです。

消防機関の救急車は、緊急性があり、迅速に医療機関へ運ぶ必要がある場合に利用されます。

転院搬送

すでに医療機関にいる患者様を、別の医療機関へ移すことです。

転院搬送で消防の救急車を使うためには、一般的に次のような条件が重要になります。

  • 緊急性がある
  • 搬送中に医療管理が必要である
  • 搬送元の医師が必要性を判断している
  • 搬送先が決まっている
  • 消防救急車による搬送が必要である

緊急性の低い下り搬送や退院搬送については、病院救急車、介護タクシー、民間救急などの活用が進められています。


民間救急・介護タクシーが担う搬送

介護タクシーや民間救急は、緊急性のない転院・退院・通院などに対応します。

主な利用場面

  • 病院から自宅への退院
  • 病院から介護施設への退院
  • 急性期病院から回復期病院への転院
  • 療養型病院への転院
  • ストレッチャーを使用する転院
  • 医療用酸素を使用する患者様の移送
  • 長距離の転院・退院
  • 予約入院のための搬送

民間救急は消防の救急車とは異なるため、サイレンを鳴らした緊急走行はできません。

急激な意識低下、強い胸痛、重い呼吸困難、大量出血などがある場合は、介護タクシーや民間救急ではなく、119番への連絡が必要です。


転院・退院搬送の予約時に確認すること

安全な搬送には、車両を予約するだけでなく、患者様の状態に合った機材・人員・搬送方法の準備が必要です。

予約時には、次の情報を伝えます。

基本情報

  • 搬送日時
  • 搬送元の病院名・病棟
  • 搬送先の病院・施設・自宅
  • 出発時間または到着指定時間
  • 患者様の氏名、年齢、身体状況

姿勢と移動方法

  • 歩行できるか
  • 車いすに座れるか
  • リクライニング車いすが必要か
  • ストレッチャーが必要か
  • 座位を保てるか
  • ベッドからの移乗介助が必要か

医療的な確認

  • 酸素を使用しているか
  • 吸引が必要か
  • 点滴やカテーテルがあるか
  • 感染症に関する情報
  • 看護師や家族の同乗が必要か
  • 搬送中に体位変換が必要か

建物や搬送経路

  • エレベーターの有無
  • 階段や段差の有無
  • ストレッチャーが通れるか
  • 搬送先の受け入れ場所
  • 車両を停められる場所

用語だけで搬送方法を判断しないことが大切です

「上り搬送だから救急車」
「下り搬送だから民間救急」
「退院だから車いすで大丈夫」

このように、用語だけで車両や搬送方法を決めることはできません。

同じ下り搬送でも、患者様の状態によっては、医師や看護師の同乗が必要になることがあります。

一方で、ストレッチャーを使用する搬送であっても、状態が安定していれば、予約制の民間救急で対応できることがあります。

大切なのは、搬送の呼び方ではなく、次の点です。

  • 現在の病状
  • 緊急性
  • 搬送中の医療処置
  • 必要な機材
  • 必要な人員
  • 搬送元と搬送先の受け入れ体制

まとめ

退院・転院の場面で使われる専門用語は、次のように整理できます。

  • 上り搬送:より高度な検査・治療ができる医療機関への転院
  • 下り搬送:急性期治療後、回復期・慢性期などの医療機関への転院
  • 水平搬送・横搬送:同程度の医療機能を持つ医療機関への転院
  • 後方搬送:高度急性期病院から地域の連携病院などへの転院
  • 転院搬送:医療機関から別の医療機関への移送全般
  • 退院搬送:病院から自宅や介護施設などへの移送
  • 入院搬送:自宅や施設などから予定された入院先への移送
  • 救急搬送:緊急性のある傷病者を医療機関へ搬送すること

特に、退院は必ずしも正式な意味での「下り搬送」ではありません。下り搬送は主に病院間転院を指し、病院から自宅や施設へ戻る場合は「退院搬送」と表現する方が正確で分かりやすいでしょう。

これらの言葉を知っておくと、病院の地域連携室、医療ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、救急隊、搬送事業者との打ち合わせがスムーズになります。

※用語の使い方は地域や医療機関によって異なる場合があります。実際の搬送方法は、搬送元の医療機関、搬送先、医師、看護師、搬送事業者と相談して決定してください。

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