茨城県の取り組みから考える、これからの患者搬送
救急車を、本当に必要としている人へ。
救急医療のひっ迫が全国的な課題となる中、茨城県が進めている「救急搬送における選定療養費」の取り組みについて、興味深い検証結果が報告されました。
日経メディカルが報じた第29回日本臨床救急医学会総会・学術集会の発表によると、茨城県では制度導入後、救急搬送件数の減少や病院到着までの時間短縮など、救急車の適正利用につながる変化が確認されています。
一方で、今回の結果から見えてくるのは、「救急車を減らせば解決する」という単純な話ではありません。
ISN(移動サポートネットワーク)が注目したいのは、その先にある**「救急ではない移動を、地域でどう支えるのか」**という課題です。
茨城県で始まった「選定療養費」の取り組み
茨城県では2024年12月から、救急車で大病院へ搬送された患者のうち、救急車を要請した時点で緊急性が認められない場合に、対象病院で選定療養費を徴収する取り組みを開始しています。
これは「救急車を有料化する制度」ではありません。
もともと大病院を紹介状なしで受診した場合などに徴収されている「選定療養費」の仕組みを、緊急性が認められない救急搬送にも適用するものです。
茨城県も公式に、救急車そのものの有料化ではないこと、そして緊急性がある場合には、これまで通りためらわず救急車を要請してほしいと案内しています。
現在、対象となる病院では病院ごとに選定療養費が設定されており、7,700円の医療機関のほか、筑波大学附属病院では13,200円、土浦協同病院や筑波メディカルセンター病院では11,000円などとなっています。
救急搬送件数は前年比4.2%減少
日経メディカルの記事によると、第29回日本臨床救急医学会総会・学術集会で、筑波大学附属病院の井上貴昭氏から制度導入後の状況が報告されました。
2024年12月から2026年5月までに対象医療機関へ救急搬送された**12万5,130件のうち、料金徴収の対象となったのは3,990件、全体の3.2%**でした。
さらに2025年度の救急搬送件数は、前年比4.2%減少。
病院へ到着するまでの時間についても、2024年度には全国平均を上回っていたものが、2025年度には全国平均と同程度まで短縮したと報告されています。
また、救急搬送患者に占める軽症患者の割合が減少し、中等症以上の患者との割合が逆転しました。
制度導入によって、住民が「この状態で本当に救急車を呼ぶ必要があるのか」を考えるきっかけになった可能性があります。
ただし「搬送困難」は大きく減っていない
ここで重要なのが、もう一つの結果です。
救急搬送件数そのものは減少した一方で、
「医療機関への受け入れ照会4回以上」かつ「現場滞在30分以上」
とされる「搬送困難症例」については、制度導入前後で大きな減少が確認されなかったと報告されています。
茨城県でも救急搬送困難事案は重要な課題となっており、県の資料では9,000件を超える状況が示されています。
つまり、
救急車を呼ぶ人を適正化する「入口対策」だけでは、救急医療全体の問題は解決しない
ということです。
「入口」だけでなく「出口」が必要
今回の報告で、ISNが特に注目しているのがこの点です。
救急医療を持続可能にするためには、
入口 → 救急車の適正利用
だけでなく、
出口 → 状態が安定した患者を次の医療機関・施設・自宅へ円滑に移動させる
という両方の仕組みが必要になります。
救急病院に搬送された患者が治療によって安定しても、その後の転院先や移動手段が確保できなければ、病床を空けることができません。
病床が空かなければ、次の救急患者を受け入れにくくなります。
これは医療機関だけで完結する問題ではなく、地域の患者搬送体制まで含めて考える必要がある課題だと考えます。
茨城県はすでに「転院支援」に動いている
実際に茨城県では、入口対策だけでなく「出口対策」の整備も進めています。
日経メディカルの記事では、
- 状態が安定した救急搬送患者を後方支援医療機関へ円滑に転院させる取り組み
- ITを活用した転院先選定の簡略化
- 医療機関ごとの急性期転院応需基準の作成
などが紹介されています。
つまり、救急車の適正利用だけを見るのではなく、
救急搬送 → 急性期病院 → 状態安定 → 転院・退院
という患者の流れ全体を改善しようとしているのです。
そして「病院から先の移動」を誰が担うのか
ここからはISNとして考えたいテーマです。
患者の状態が安定した後の移動には、さまざまなケースがあります。
「救急車を呼ぶほどではない。しかし普通のタクシーでは難しい」
という移動も少なくありません。
たとえば、車いすやリクライニング車いす、ストレッチャーを使用した転院。
酸素を使用している患者の搬送。
家族だけでは対応が難しい退院。
施設への移動。
自宅への帰宅。
階段介助を伴う搬送。
こうした**「非緊急の患者搬送」**を地域で支える存在の一つが、介護タクシー・福祉輸送・民間救急などです。
救急車の適正利用を進めるのであれば、その一方で、救急車を使わない人たちの移動手段を整備する必要があります。
ISNが目指すのは「救急車の代わり」ではありません
ここは明確にしておく必要があります。
介護タクシーや民間救急は、119番救急の代替ではありません。
生命に危険がある場合や緊急性が高い場合には、迷わず119番を利用する必要があります。
茨城県も、緊急性がある場合には選定療養費の対象とはせず、救急車をためらわず要請するよう呼びかけています。
一方で、
「救急ではない。しかし移動支援が必要」
という領域があります。
ISNが構築していきたいのは、まさにこの領域です。
一社ではなく「地域のネットワーク」で支える
非緊急搬送を社会インフラとして機能させるためには、一社だけで対応することには限界があります。
時間が重なれば車両が足りない。
ストレッチャー対応車が必要になる。
階段介助で2人以上必要になる。
看護師など医療職の同乗が必要になる。
長距離搬送が発生する。
急な転院で当日の車両確保が必要になる。
こうしたケースを一人の事業者、一社の介護タクシーだけですべて抱えることは困難です。
だからこそISNでは、介護タクシー事業者をはじめ、医療・介護・福祉に関わる地域の事業者が連携し、
「一社でできない移動を、地域で支える仕組み」
をつくっていきたいと考えています。
救急医療を守ることと、移動を支えることはつながっている
今回の茨城県の取り組みは、「救急車を有料にするべきか」という議論だけで捉えるべきものではないでしょう。
重要なのは、
限られた救急医療資源を、本当に必要としている人へ届けるために、地域全体の患者移動をどう設計するか。
という問いだと考えます。
救急車が必要な人には、救急車を。
救急車を必要としない人には、その状態に適した安全な移動手段を。
そして急性期治療を終えた人には、次の病院、施設、自宅へ円滑に移動できる仕組みを。
「入口」と「出口」の両方を整備することで、初めて持続可能な患者搬送の仕組みに近づいていくのではないでしょうか。
ISNでは今後も、全国の救急医療・患者搬送・介護タクシーに関する動向を紹介しながら、地域における移動支援のあり方を考えていきます。
参考
日経メディカル
「選定療養に関連する料金徴収で救急車の適正利用進む」
第29回日本臨床救急医学会総会・学術集会での報告を紹介。
茨城県「救急搬送における選定療養費の徴収について」
制度の対象病院、料金、緊急性の判断などについて県が公開しています。
カテゴリー:ニュース
推奨タイトル
救急車の「適正利用」で搬送件数4.2%減――茨城県の取り組みから考える患者搬送のこれから
メタディスクリプション
茨城県が導入した、緊急性が乏しい救急搬送に対する選定療養費の取り組みで、救急搬送件数が前年比4.2%減少したと報告されました。一方、搬送困難症例には大きな変化がなく、「入口」だけでなく転院・退院などの「出口対策」の重要性も明らかになっています。ISNが地域の患者搬送という視点から考えます。
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